
放射化学の最終回です。そして、物理という科目そのものの最後でもあります。
ここまで3回かけて、放射線の出方(基礎原理と核種)、減り方と測り方(時間変化と測定)、体への影響(被曝と生体影響)を積み上げてきました。この回は、その全部を使います。
薬の名前がずらりと並ぶので身構えるかもしれませんが、なぜこの核種なのかを問いながら読めば、覚える量は驚くほど減ります。
この記事は、もともと解説授業の動画で話している内容を記事に起こしたものです。物理の解説授業は分光分析法の範囲をYouTubeで無料公開しているので、読むよりも動画で一気に見たい人はそちらもどうぞ。
Contents
まず大原則:γ線は診断、β線は治療、α線は強力治療
この3行を先に頭に入れてください。これだけで、個々の薬の位置づけが8割方決まります。
| 放射線 | 用途 | 理由 |
|---|---|---|
| γ線 | 診断用 | 体を透過して外部検出器で測定できるから |
| β線 | 治療用 | 体内で数mm〜数cmの短距離でエネルギーを放出するから |
| α線 | 強力治療用 | 極短距離で高密度にエネルギーを放出するから |
前回までの性質の話が、そのまま用途に直結しているのがわかりますね。透過力が大きいγ線は「外から見る」のに向き、透過力が小さいβ線・α線は「その場を焼く」のに向く。それだけのことです。
PETだけは例外の扱いに注意
ひとつ注意点があります。PETはβ⁺線を出す核種を使いますが、治療用ではなく診断用です。
理由は、検出しているものがβ⁺線そのものではないからです。β⁺線(陽電子)が電子と出会って消滅するときに出る消滅γ線を、正反対の2方向で同時計数している——これがPETの仕組みでした。測っているのはγ線なので、診断用に分類されます。
ここは引っかけで狙われるポイントです。
診断用の放射性医薬品
診断用は4グループに分かれます。
- ⁹⁹ᵐTc 系(診断用の王様)
- ヨウ素系
- その他(偽物シリーズ)
- PET
⁹⁹ᵐTc 系 ─ 何にでも使える
⁹⁹ᵐTc は、これまで何度も顔を出してきましたね。γ転移(核異性体転移)のところでも、ミルキングのジェネレーターのところでも出てきました。半減期約6時間、γ線を出す、最も汎用性の高い診断核種です。
なぜ汎用性が高いのか。それは、⁹⁹ᵐTc をいろいろな化合物に組み合わせることで、集積する場所を設計できるからです。「⁹⁹ᵐTc が何をするか」ではなく、「くっついている相手が、どこへ行きたがるか」を見てください。
| 医薬品 | 診断対象 |
|---|---|
| 過テクネチウム酸ナトリウム注射液 | 脳腫瘍、脳血管障害。その他、甲状腺疾患・唾液腺疾患など |
| ジメルカプトコハク酸テクネチウム注射液 | 腎疾患 |
| ヒドロキシメチレンジホスホン酸テクネチウム注射液 | 骨疾患 |
覚え方はこうです。
- ジメルカプトコハク酸 → 腎疾患。「ジ」と「腎」を引っかける
- ヒドロキシメチレンジホスホン酸 → 骨疾患。「ジホスホン酸」は、骨粗鬆症の薬であるビスホスホネート系とまったく同じ由来(ビス=2、ホスホ=リン酸)。骨へ行きやすい成分に放射性核種を載せて、骨の状態を見るという発想です
- 残りの過テクネチウム酸ナトリウムは「その他」。脳が主だが、甲状腺や唾液腺にも使う
3つのうち2つを「腎」「骨」で押さえて、残りを「その他」にする。これが一番ラクです。
ヨウ素系 ─ どちらも ¹²³I
診断用に使うヨウ素は、前回やったとおり¹²³I(半減期 約13.2時間、γ線)です。
| 医薬品 | 診断対象 |
|---|---|
| ヨウ化ナトリウム(¹²³I) | 甲状腺疾患 |
| イオフルパン(¹²³I) | パーキンソン症候群、レビー小体型認知症 |
ヨウ化ナトリウムのほうは素直です。甲状腺はヨウ素を取り込む臓器ですから、そのまま甲状腺の診断に使えます。
イオフルパンは、名前を見てもヨウ素が入っているとわかりにくいですよね。ここがコツで、ヨウ素は英語で Iodine(アイオダイン)。イオフルパンの「イオ」がそれです。名前からヨウ素を連想できるようにしておきましょう。
作用機序も押さえておくと確実です。イオフルパンはドパミントランスポーターに結合します。健常者なら脳に一定の集積が見られますが、パーキンソン症候群やレビー小体型認知症では集積が低下する。この差が診断の根拠になります。
その他 ─ 「偽物」シリーズ
ここは何の偽物かという一点で整理できます。
カリウムの偽物 ─ タリウム
| 医薬品 | 診断対象 |
|---|---|
| 塩化タリウム(²⁰¹Tl)注射液 | 心筋疾患、悪性腫瘍など |
タリウム(Tl)とカリウム(K)、名前も似ていますね。タリウムはカリウムの偽物として振る舞います。
では、カリウムが多いところはどこか。心筋です。心筋は24時間365日止まらずに収縮し続けるので、ナトリウム-カリウムポンプ(ATPase)が圧倒的に高密度で、血流も豊富。だからタリウムが集まります。
また、がん細胞も増殖のためにナトリウム-カリウムポンプの活性が高いので、正常細胞より多くタリウムを取り込みます。だから悪性腫瘍の診断にも使えるわけですね。
鉄の偽物 ─ インジウムとガリウム
| 医薬品 | 診断対象 |
|---|---|
| 塩化インジウム(¹¹¹In)注射液 | 骨髄疾患 |
| クエン酸ガリウム(⁶⁷Ga)注射液 | 悪性腫瘍、炎症性疾患 |
インジウムは鉄と同じく3価の陽イオンになり、しかもトランスフェリンとの親和性が鉄よりも強い。つまり完全な偽物です。鉄の代わりにトランスフェリンに乗り込み、造血が盛んな骨髄まで運ばれます。
覚え方は、骨髄は骨の中にある → インジウムが「イン」している。これで引っかけてください。
一方のガリウムは、鉄の偽物ではあるもののインジウムほど完全ではありません。トランスフェリンに結合したあと、入りやすいところ——炎症組織や腫瘍組織——に取り込まれていきます。
覚え方は、がんの「ガ」とガリウムの「ガ」。
「完全な偽物のインジウムは骨の中まで入れる、不完全な偽物のガリウムは入りやすいところだけ」。この対比で2つセットにしておくと混同しません。
PET ─ グルコースの偽物
| 医薬品 | 診断対象 |
|---|---|
| フルデオキシグルコース(¹⁸F)注射液 | 脳グルコース代謝機能、悪性腫瘍、虚血性心疾患 |
FDG の名前でおなじみですね。構造がグルコースに近いので、グルコースの偽物として取り込まれます。
グルコースを強く欲しがる組織——脳と、どんどん増殖する悪性腫瘍——に集まる。ここまでは素直です。
問題は3つめの虚血性心疾患で、これだけ理屈が違います。虚血性心疾患では、心筋が
- 本当に壊死してしまっているのか
- 血流不足で“冬眠”しているだけなのか
を区別する必要があります。生きている心筋ならグルコースを取り込むので、FDGが集まる。死んでいれば集まらない。つまり心筋が生きているかどうかの評価に使えるわけです。
FDGは腫瘍を見る薬で終わらせず、心筋の生死判定にも使う——ここまで理解しておいてください。
治療用の放射性医薬品
治療用は、β線かα線の局所作用を使います。3つだけです。
| 医薬品 | 適応 | 放射線 |
|---|---|---|
| ヨウ化ナトリウム(¹³¹I)カプセル | 甲状腺機能亢進症、甲状腺がんおよび転移巣 | β⁻線 |
| 塩化ラジウム(²²³Ra)注射液 | 骨転移のある去勢抵抗性前立腺がん | α線 |
| イットリウム(⁹⁰Y)イブリツモマブ チウキセタン | CD20陽性の再発・難治性の低悪性度B細胞性非ホジキンリンパ腫、マントル細胞リンパ腫 | β線 |
¹³¹I ─ なぜ治療用なのか
診断用が ¹²³I だったのに対し、治療用は ¹³¹I です。この違いは丸暗記しなくても導けます。
第1回でやったとおり、β⁻線は中性子が多い核種が出すのでした。ヨウ素の陽子数は53で固定ですから、質量数が大きいほど中性子が多いことになります。
¹²³I と ¹³¹I なら、131のほうが中性子が多い → β⁻線を出す → 局所に強く作用する → 治療用
「123が診断で131が治療」をそのまま覚えるのではなく、この導き方ごと持っておくと、本番で混乱しません。
²²³Ra ─ カルシウムの偽物
ラジウムは、集積性のところでやったとおりカルシウムと同じ第2族です。だから骨の表面に集まります。
覚え方は、カルシウムの「ル」と同じラ行の「ラ」ジウム。
骨の表面に集まったうえでα線を放出するので、極短距離に極めて強力なエネルギーを置いていきます。これが骨転移のある前立腺がんの治療に効くという仕組みです。α壊変のところで ²²⁶Ra が出てきましたが、あのラジウムがここで治療薬として再登場するわけですね。
⁹⁰Y イブリツモマブ チウキセタン ─ 誘導ミサイル+核弾頭
名前が長くて身構えますが、構造はシンプルです。
イブリツモマブ(抗体)= 狙いを定める誘導ミサイル イットリウム ⁹⁰Y = 実際に壊す核弾頭
イブリツモマブは、B細胞リンパ腫の表面に出ている CD20 を認識して結合します。そこに付随している ⁹⁰Y がβ線を放出して攻撃する——これが作用機序です。
狙いを定めるのが抗体、壊すのが放射線。この役割分担で捉えれば、長い名前も怖くありません。
外部被曝防御の3原則
最後に、覚えることが3つだけの項目です。
| 原則 | 内容 |
|---|---|
| 遮蔽 | 遮蔽物を作業者と放射線源の間に設置する |
| 距離 | 線源から距離をとる |
| 時間 | 被曝時間を短くする |
「遮蔽・距離・時間」。この3語だけ押さえておけば十分です。
まとめ
- γ線 = 診断用、β線 = 治療用、α線 = 強力治療用。ただしPETはβ⁺線を使うが診断用(測っているのは消滅γ線)
- ⁹⁹ᵐTc系:過テクネチウム酸Na(脳・その他)、ジメルカプトコハク酸(腎)、ヒドロキシメチレンジホスホン酸(骨、ビスホスホネートと同じ由来)
- ヨウ素系(診断):ヨウ化ナトリウム(¹²³I)は甲状腺、イオフルパン(¹²³I)はパーキンソン症候群・レビー小体型認知症(ドパミントランスポーターに結合)
- 偽物シリーズ:²⁰¹Tl はカリウムの偽物(心筋・悪性腫瘍)、¹¹¹In は鉄の完全な偽物(骨髄)、⁶⁷Ga は鉄の不完全な偽物(悪性腫瘍・炎症)
- PET:¹⁸F-FDG はグルコースの偽物。脳・悪性腫瘍に加え、虚血性心疾患で心筋の生死判定に使う
- 治療用:¹³¹I(甲状腺、β⁻線)、²²³Ra(骨転移のある去勢抵抗性前立腺がん、α線)、⁹⁰Y イブリツモマブ チウキセタン(CD20陽性リンパ腫、β線)
- ¹²³I と ¹³¹I の区別は、質量数が大きい = 中性子が多い = β⁻線 = 治療用、と導ける
- 外部被曝防御の3原則は遮蔽・距離・時間
これで放射化学、そして物理の全範囲が終わりました。総まとめとして放射化学と放射性医薬品まとめ:4記事で全体像をつかむを用意しているので、抜けがないか確認してみてください。
物理を、1枚の地図として頭に入れませんか
この記事の冒頭に載せたマインドマップは、物理という科目のほんの一区画です。実際には、物質の物理的性質から化学物質の分析、放射化学までが、1枚の地図としてひと続きにつながっています。
公式をバラバラに覚えようとすると物理は苦しくなりますが、「この式がどこから来て、どこにつながるのか」が地図として見えていると、覚える量そのものが減ります。細切れに暗記してきたものが、1本の線になる感覚です。
物理のマインドマップ(¥3,500)は、その全体像を1冊にまとめたPDFです。無料サンプル(分光分析法の範囲)と、地図をたどりながら話すYouTubeの講義動画があるので、この進め方が自分に合うかどうかは先に確かめられます。