
代謝阻害で、「阻害は今日から、誘導はそのうち」と書きました。この記事は、その「そのうち」の中身を開ける回です。
代謝誘導とは、ある薬を飲んだことがきっかけで、体が代謝酵素そのものを余分に作ってしまう現象です。酵素が増えれば、そこで代謝される薬はどんどん壊されます。結果として血中濃度が下がり、効かなくなる。 阻害が「濃度が上がって副作用」の話だったのに対して、誘導は「濃度が下がって効果が消える」話です。方向が真逆なので、セットで覚えるのがいちばん速い。
この記事のゴールは3つ。誘導物質の語呂「先頭のカーでフェリーを誘導」を分解して固定すること、核内受容体から転写までという機序を押さえること、そしてCYP以外(グルクロン酸抱合)の誘導まで射程に入れることです。最後のカルバペネム系とバルプロ酸は併用禁忌で、国試でも実務でも落とせません。
この記事は、もともと解説授業の動画で話している内容を記事に起こしたものです。読むより耳から流し込みたい人は、解説授業のページに無料のサンプル動画があるので、先に雰囲気を確かめてみてください。
Contents
代謝誘導では「何が」増えているのか
阻害との一番の違いは、酵素の分子数そのものが変わるという点です。
誘導物質は、肝細胞の中で核内受容体に結合します。代表がプレグナンX受容体(PXR)。受容体に薬がはまると、その複合体が核内でCYPの遺伝子のすぐ上流に結合し、mRNAの転写を促進します。転写が増えれば翻訳も増え、CYPタンパク質が増える。 これが誘導の正体です。
誘導物質 → 核内受容体(PXRなど)に結合 → mRNAの転写↑ → CYPなどの代謝酵素が増える
ここから時間の話が出てきます。転写して翻訳してタンパク質が溜まるまでには、どうしても日単位の時間がかかります。誘導が効いてくるのは併用開始から1〜2週間後というのはこのためです。しかも逆向きにも同じことが起きます。誘導物質をやめても、増えた酵素がすぐ消えるわけではありません。 作られすぎたCYPが分解され尽くすまで、やはり日数がかかります。
誘導は、始めるときだけでなく、やめるときも危ない。
これは実務で本当に重要です。リファンピシンを飲んでいる間に免疫抑制薬の用量を増やして濃度を合わせていた患者が、リファンピシンを中止したらどうなるか。酵素が元の本数に戻る頃、増量したままの免疫抑制薬が一気に効きすぎます。 阻害には無い「遅れて効く」「遅れて戻る」という性質が、誘導の怖さです。
誘導物質の覚え方 ―「先頭のカーでフェリーを誘導」

CYP2D6を除くほぼすべての分子種を誘導してしまう、いわば「オールラウンド型」の誘導物質が5つあります。これを1つの語呂で覚えます。
「先頭のカーで、フェリーを誘導」
語呂は分解できて初めて使えます。
- 先頭=セントジョーンズワート(セイヨウオトギリソウ。健康食品・ハーブ)
- カー=カルバマゼピン(抗てんかん薬)
- フェ=フェニトイン、フェノバルビタール(どちらも抗てんかん薬。「フェ」で2つ引っぱり出す)
- リー=リファンピシン(抗結核薬)
「フェ」の1音からフェニトインとフェノバルビタールの2剤を出すのがコツです。マインドマップの図でも、「フェ」の下にこの2つが並べて書かれています。「フェ」だけでフェニトインを取ってリーをフェノバルビタールにしてしまうと、リファンピシンが語呂から落ちます。 リファンピシンは誘導物質の代表格なので、ここを落とすと痛い。
「2D6以外」という但し書きが効いてくる
この5つはCYP2D6だけは誘導しません。 単なる例外に見えますが、実はここに意味があります。
CYP2D6は、後天的に増やしたり減らしたりできない酵素なのです。活性の個人差は、環境ではなく生まれつきの遺伝子型でほぼ決まります。だからこそ2D6は、遺伝子多型の単元の主役になります。
「2D6は誘導されない=2D6の個人差は生まれつき」とつなげて覚えてください。誘導の但し書きと、次の記事の中心論点が、1本の線でつながります。
分子種ごとの誘導 ― 3つのパターン
語呂以外に、国試が個別に狙ってくる誘導が3つあります。
① CYP1A2の誘導 ― 喫煙・オメプラゾール・リファンピシン
喫煙がCYP1A2を誘導するというのは、この単元で最頻出の知識です。誘導しているのはニコチンではなく、タバコの煙に含まれる多環芳香族炭化水素(PAH)です。PAHはAhR(アリール炭化水素受容体)という核内受容体に結合して1A2を誘導します。ニコチンパッチでは誘導が起きないのはこのためで、「タバコを吸うこと」ではなく「煙を吸い込むこと」が誘導の原因です。
誘導される1A2の基質は、「あいつの小さい手をにぎる」のチザニジンとテオフィリン。喫煙者ではこの2剤の血中濃度が下がり、効果が弱くなります。
ここでも「やめるとき」に注意が必要です。喫煙者が入院して禁煙すると、1A2が元の本数に戻り、テオフィリンの濃度が上がってきます。 用量をそのままにしておくと中毒域に入りかねない。禁煙は相互作用のイベントだと覚えておいてください。
オメプラゾールがここに顔を出すのも見逃せません。オメプラゾールは代謝阻害で見たとおり2C19の基質であり2C19の阻害薬で、そのうえ1A2の誘導薬でもあります。基質・阻害薬・誘導薬の三役をこなす薬です。
② CYP3A4の誘導 ― TDM対象薬が直撃される
「先頭のカーでフェリーを誘導」の5剤は、いずれもCYP3A4を誘導します。ここで被害が大きいのがタクロリムスとシクロスポリンです。
この2剤は基本的にCYP3A4で代謝され、どちらもTDM(治療薬物モニタリング)の対象薬です。TDMの対象になるということは、有効域が狭く、濃度を測りながら使わないと危ない薬だということ(TDM対象薬参照)。そこへフェノバルビタールやリファンピシンが入って濃度が下がれば、移植後の拒絶反応という取り返しのつかない結果に直結します。
とくにセントジョーンズワートは性質が悪い。医薬品ではなく健康食品として患者が自分で買ってくるので、処方せんにも薬歴にも出てきません。聞き出さないと分からない誘導物質です。国試が実務問題で繰り返し出すのは、この「聞き出す」という行為そのものを問いたいからです。
③ CYP以外の誘導 ― カルバペネム系とバルプロ酸
誘導されるのはCYPだけではありません。第2相反応の酵素も誘導されます。
カルバペネム系抗菌薬(メロペネム、イミペネムなど)は、UDP-グルクロン酸転移酵素(UGT)を誘導します。バルプロ酸ナトリウムはこの酵素でグルクロン酸抱合を受けて排泄される薬なので、カルバペネム系を併用すると抱合がどんどん進んでバルプロ酸の血中濃度が下がり、抑えていたてんかん発作が再発します。
この組合せは併用注意ではなく併用禁忌です。 添付文書上、バルプロ酸ナトリウムはカルバペネム系抗菌薬を投与中の患者に使えません。てんかん発作の再発という結果の重さを考えれば、禁忌になるのも当然です。
なお「UGTには酵素誘導が起こらない」というのは誤りで、衛生の第105回・問134でもそのまま誤りの選択肢として出ています。誘導=CYPだけ、と思い込まないこと。
国試ではこう問われる
第97〜111回の15年分では、タクロリムス14回、バルプロ酸14回、シクロスポリン13回、リファンピシン12回、カルバマゼピン8回、セントジョーンズワート7回、酵素誘導という語そのものも3回登場します。誘導は「相互作用」の枠の中で毎年のように顔を出す論点です。
| 回 | 問われ方 | ポイント |
|---|---|---|
| 第97回・問269 | バルプロ酸の血中濃度を低下させ、てんかん発作が再発するため禁忌となる抗生物質の種類 | 答えはカルバペネム系。禁忌であることまで問題文が言っている |
| 第100回・問270 | シクロスポリンを服用中の患者から「セントジョーンズワートを控えるよう言われた理由」を尋ねられた薬剤師の回答 | 「免疫抑制薬の働きを弱める恐れがある」。誘導で濃度が下がる=効果が弱まる、という向きを言葉にできるか |
| 第104回・問167 | 薬物相互作用に関する記述の正誤 | 選択肢に「リファンピシンは主にCYP2D6を誘導するため、トリアゾラムの血中濃度を低下させる」が置かれた |
| 第102回・問169 | 薬物相互作用に関する記述の正誤 | 選択肢に「セントジョーンズワートの長期摂取により、ワルファリンの消失半減期が延長し、出血傾向が引き起こされる」が置かれた |
| 第100回・問167 | 薬物代謝に関する記述の正誤 | 選択肢に「喫煙はCYP1A2の誘導を引き起こし、トリアゾラムの血中濃度を低下させる」が置かれた |
| 第102回・問239(衛生) | たばこの煙と喫煙に関する記述の正誤 | 選択肢に「喫煙により主にCYP3A4が誘導される」と「喫煙者が禁煙するとテオフィリンの血中濃度が低下する」が並んだ。分子種も向きも逆 |
| 第105回・問134(衛生) | グルクロン酸抱合に関する記述の正誤 | 選択肢に「UDP-グルクロン酸転移酵素に酵素誘導は起こらない」が置かれた |
| 第111回・問172 | 薬物・併用薬・相互作用の機序の組合せ | シクロスポリン × リファンピシン = CYP3A4の誘導が正しい組合せとして問われた |
掘り下げるなら第104回・問167です。この選択肢が素晴らしい。
「リファンピシンは主にCYP2D6を誘導するため、トリアゾラムの血中濃度を低下させる。」
一見もっともらしい。リファンピシンが誘導薬なのは正しいし、誘導されれば濃度が下がるのも正しい。間違っているのは真ん中の酵素名だけです。
ここで「先頭のカーでフェリーを誘導」の但し書きが効きます。この語呂の5剤は「2D6以外」を誘導する。 つまりリファンピシンが2D6を誘導するという記述は、語呂の但し書きそのものに反します。 語呂を「薬の名前5つ」としてだけ覚えていたら気づけませんが、「2D6以外ほぼ全部」までセットで覚えていれば一瞬で切れます。
さらに、トリアゾラムという薬選びも狙いすましています。トリアゾラムは「とりあえず」の3A4の基質です。だから「リファンピシンがトリアゾラムの濃度を下げる」という結論自体は正しい——ただし3A4の誘導によって、です。結論が合っているのに機序が違うという、いちばん見抜きにくい形の誤りになっています。
第111回・問172がシクロスポリン × リファンピシン = CYP3A4の誘導を正しい組合せとして出したのと、ちょうど表裏です。同じリファンピシンを、正解側と誤り側の両方で使ってくる。 基質と酵素の対応だけでなく、誘導薬がどの酵素を誘導するのかまで揃えて覚える必要がある、というのが国試からのメッセージです。
まとめ
- 代謝誘導は、核内受容体(PXRなど)への結合 → mRNAの転写↑ → 代謝酵素が増える、という遺伝子発現の話
- 酵素を作るのにも壊すのにも時間がかかるので、誘導は1〜2週間遅れて効き、やめても遅れて戻る
- 誘導物質の語呂は「先頭のカーでフェリーを誘導」。先頭=セントジョーンズワート/カー=カルバマゼピン/フェ=フェニトイン・フェノバルビタール/リー=リファンピシン
- 「フェ」で2剤を取る。 リーはリファンピシン
- この5剤はCYP2D6以外をほぼすべて誘導する。2D6の個人差は誘導ではなく遺伝子型で決まる
- 1A2を誘導するのは喫煙・オメプラゾール・リファンピシン。 喫煙側の原因物質はニコチンではなく多環芳香族炭化水素で、チザニジン・テオフィリンの効果が下がる
- 禁煙も相互作用のイベント。 1A2が戻る分、テオフィリンの濃度は上がる
- 3A4誘導で直撃されるのはタクロリムスとシクロスポリン。 どちらもTDM対象薬で、拒絶反応に直結する
- セントジョーンズワートは健康食品なので処方せんに出てこない。 聞き出さなければ分からない
- カルバペネム系はUGTを誘導してバルプロ酸の濃度を下げる。併用禁忌
次は薬物代謝酵素の遺伝子多型(プアーメタボライザー)を読んでみてください。阻害でも誘導でもなく、生まれつき酵素の働きが違うというもう一つの個人差の話です。「2D6は誘導されない」の続きが、そのまま本題になります。
薬剤を、1枚の地図として頭に入れませんか
この記事の冒頭に載せたマインドマップは、薬剤という科目のほんの一区画です。実際には、吸収から分布・代謝・排泄、そして製剤設計までが、1枚の地図としてひと続きにつながっています。
解説授業は、その地図を端から端まで、実際にたどりながら話していく全33本・約11時間。「なぜこの薬がここで出てくるのか」「さっき覚えたあの話が、どこにつながるのか」が、バラバラの知識ではなく流れとして入ってきます。細切れに暗記してきたものが、1本の線になる感覚です。
薬剤のマインドマップPDF+解説授業セットは¥9,450。無料のサンプル動画とサンプルPDFがあるので、この「たどる」感覚が自分に合うかどうかは、先に確かめられます。