
紫外可視吸光度測定法から原子スペクトル分析法まで、ここまでは電子遷移を観察する測定法を扱ってきました。今回からは振動数の測定に入ります。このグループには赤外吸収スペクトル測定法(IR)とラマンスペクトル測定法がありますが、国試ではIRが圧倒的にメインです。
IRは「分子振動を測定して、官能基の情報を得る」測定法です。ただ、いきなりスペクトルの読み方から入ると丸暗記になってしまうので、そもそもなぜ分子が光を吸収するのかから順番に見ていきましょう。ここが分かると、後半のスペクトルの話がすんなり入ってきます。
この記事は、もともと解説授業の動画で話している内容を記事に起こしたものです。分光分析法の範囲はYouTubeで無料公開しているので、読むよりも動画で一気に見たい人はそちらもどうぞ。
Contents
結合は、ばねのように振動している
分子の中の結合は、固定されているわけではありません。ビヨーン、ビヨーンと伸び縮みしながら振動しています。この振動には2種類あります。
伸縮振動

2つの原子の距離が伸びたり縮んだりする振動です。
変角振動

原子が3つ以上あると、そこに角度が生まれます。その角度が広くなったり狭くなったりする振動です。
分子は、こうした振動をいろいろな箇所で同時に行っている——まずこのイメージを持ってください。
なぜ光が吸収されるのか:ブランコに合いの手を入れる

たとえば炭素と水素の結合を考えると、炭素側がδ−、水素側がδ+に帯電しています。これが双極子モーメントです。結合が伸び縮みすると、この双極子モーメントも周期的に変化します。
一方、光は電場の波です。ある瞬間はプラスの電場、次の瞬間はマイナスの電場、というように振動しています。
ここで、振動している結合をブランコだと思ってください。ブランコを大きく揺らしたいなら、こちらに来たときに押して、向こうに行ったときは戻ってくるのを待つ——つまりタイミングを合わせて力を加える必要がありますよね。
光も同じです。プラスの電場が来たときにδ+の原子が押され、マイナスの電場が来たときに引き戻される。この光の振動数と分子の振動数が合ったときにだけ、エネルギーがうまく渡されるのです。これが分子が特定の波長の光を吸収する理由で、赤外領域の光がちょうどこのタイミングに合っています。
なお、この仕組みから分かるとおり、振動に伴って双極子モーメントが変化することが吸収の条件になります。
ばねモデル:どんなときに振動数が大きくなるか

では、分子のどこを見れば振動数の大小が分かるのでしょうか。ここで使うのが、壁にばねでつながれた重りをイメージするばねモデルです。
| 見るところ | 振動数への影響 |
|---|---|
| ばねの強さ(結合の強さ) | 強いほど周期が速い=振動数が大きい(二重結合>単結合) |
| 重りの重さ(原子の重さ) | 重いほど周期が遅い=振動数が小さい |
強いばねに軽い玉がついていればビュンビュン速く振動し、ゆるいばねに重い玉なら、ゆっくりした振動になる。直感どおりです。この2点を押さえておけば、「どちらの結合のほうが高波数側に吸収が出るか」という問われ方にも対応できます。
IRスペクトルの見方
IRスペクトルでは、横軸に波数(cm⁻¹)を取ります。波長ではなく波数を使うのは、波数がエネルギーに比例するからです。
観測に使う中赤外線の波長は2.5〜25 μmで、これを波数に直すと4000〜400 cm⁻¹になります。波数は「1 cmあたりに波がいくつ入るか」なので、波長の逆数です。実際に計算してみると、
2.5 μm = 2.5 × 10⁻⁶ m = 2.5 × 10⁻⁴ cm → 1 ÷ (2.5 × 10⁻⁴) = 4000 cm⁻¹
となります。4000〜400 cm⁻¹という数字は覚える必要がありますが、こうして導けることを知っておくと忘れても復元できます。
特性吸収帯と指紋領域

スペクトルは大きく2つの領域に分けて読みます。
| 領域 | 波数 | 何が分かるか |
|---|---|---|
| 特性吸収帯 | おおよそ1500 cm⁻¹より高波数側 | 官能基の情報 |
| 指紋領域 | おおよそ1500 cm⁻¹より低波数側 | 化合物そのものの同定 |
特性吸収帯で覚えておくべき官能基は、まずこの2つです。
- ヒドロキシ基:3600〜3200 cm⁻¹付近
- カルボニル基:1700 cm⁻¹付近
上の図は日本薬局方(第十八改正)のアドレナリンのスペクトルです。3600〜3200 cm⁻¹付近に吸収があるので、「この化合物はヒドロキシ基を持っているな」と読めます。スペクトルを見せられて構造式を選ぶ問題では、この読み方がそのまま使えます。
指紋領域のほうは、人の指紋のように細かく複雑な吸収が並ぶ領域です。細かいぶん化合物ごとの個性が強く出るので、標準品のスペクトルと見比べて同定するのに使われます。
定性と定量
- 定性:日本薬局方などの標準品のスペクトルと比較する。特に指紋領域の一致を見る
- 定量:一定の濃度範囲内ではランベルト・ベールの法則に従うので、定量も可能
ここでもランベルト・ベールの法則が出てきました。分光分析法の全体を貫いている法則だということが、あらためて分かると思います。
ラマンスペクトル測定法
ラマンスペクトル測定法は、IRのように赤外線を当てるのではなく、励起光を当てる測定法です。当てた光によって分子の分極が揺さぶられると、入射光と少し振動数のずれた散乱光が出てきます。
| 散乱光 | 特徴 |
|---|---|
| ラマン散乱光 | 入射光より振動数が少しずれている(大きくなったり小さくなったり) |
| レイリー散乱光 | 入射光と同じ振動数のまま出てくる |
国試の出題量としては、この区別を知っておけば十分です。
まとめ
- 分子の結合はばねのように振動しており、伸縮振動と変角振動がある
- 振動に伴って双極子モーメントが変化し、その振動数と光の振動数が合ったときに赤外線が吸収される(ブランコの合いの手のイメージ)
- ばねモデル:結合が強いほど、原子が軽いほど振動数が大きい
- IRスペクトルの横軸は波数で、範囲は4000〜400 cm⁻¹(波長2.5〜25 μmの逆数)
- 特性吸収帯で官能基(ヒドロキシ基3600〜3200 cm⁻¹、カルボニル基1700 cm⁻¹付近)、指紋領域で化合物の同定
- 定性は標準品との比較、定量はランベルト・ベールの法則
- ラマンは励起光を当てる方法。ラマン散乱光は振動数がずれ、レイリー散乱光はそのまま
次は旋光度測定法・旋光分散(ORD)・円二色性(CD)を読んでみてください。
物理を、1枚の地図として頭に入れませんか
この記事の冒頭に載せたマインドマップは、物理という科目のほんの一区画です。実際には、物質の物理的性質から化学物質の分析、放射化学までが、1枚の地図としてひと続きにつながっています。
公式をバラバラに覚えようとすると物理は苦しくなりますが、「この式がどこから来て、どこにつながるのか」が地図として見えていると、覚える量そのものが減ります。細切れに暗記してきたものが、1本の線になる感覚です。
物理のマインドマップ(¥3,500)は、その全体像を1冊にまとめたPDFです。無料サンプル(分光分析法の範囲)と、地図をたどりながら話すYouTubeの講義動画があるので、この進め方が自分に合うかどうかは先に確かめられます。