
水素結合を勉強するときに、最初に捨ててほしい理解があります。「水素結合=ファンデルワールス相互作用の強いやつ」という理解です。
実は、1950年頃まではそう思われていました。電荷のない中性分子の間に働く引力である以上、ファンデルワールス相互作用の一種で、ちょっと強いバージョンなのだろう、と。ところが研究が進むにつれて、「この強さはファンデルワールス相互作用では説明がつかない」ということが分かってきました。
どれくらい違うかというと、ファンデルワールス相互作用の何十倍も強い。 しかも、単なる静電的な引力ではなく、少し共有結合っぽい(電荷移動的な)性質を持っていることが分かってきました。そういう経緯があって、現在では水素結合はファンデルワールス相互作用とは別物として扱われています。
この記事では、その「異常な強さ」を一番はっきり見せてくれる沸点の比較から入ります。
この記事は、もともと解説授業の動画で話している内容を記事に起こしたものです。物理の解説授業は分光分析法の範囲をYouTubeで無料公開しているので、読むよりも動画で一気に見たい人はそちらもどうぞ。
沸点のグラフが、すべてを語っている
この単元で一枚だけ覚えるとしたら、この図です。

横軸が分子量、縦軸が沸点。14族・15族・16族・17族の水素化合物を、族ごとに線で結んであります。
まず普通のパターンから読みます。 分子量が大きくなると分子間力が強くなるので、沸点も上がっていく。グラフの右半分は、どの族もきれいに右肩上がりになっていますよね。これはファンデルワールス相互作用だけが働いている状態です。分子量が増えれば電子の数も増え、分散力が効いてくるので、順当に沸点が上がります。
ところが左端だけ、3つの点が跳ね上がっています。 H₂O、HF、NH₃ です。
- H₂O — 分子量18しかないのに、沸点は100℃
- HF — 17族の中で、分子量が一番小さいのに沸点が一番高い
- NH₃ — 15族で同じことが起きている
比較対象を1つ挙げます。硫化水素 H₂S は分子量34なのに、沸点は約 −60℃です。 水より分子量が倍近くあるのに、沸点は160℃も低い。H₂S にはファンデルワールス相互作用しか働いていないからです。
水はこの単純な傾向から完全に外れています。 同じ16族の類似化合物と比べても飛び抜けている。原因は一つしかありません。ファンデルワールス相互作用とは桁の違う、強い相互作用が働いているということです。それが水素結合です。
水素結合が生じる条件
では、どういうときに水素結合ができるのか。条件はシンプルです。
F、O、N に直接結合した H。 これが δ+ になっているときに、水素結合が生じます。
F・O・N はいずれも電気陰性度が非常に大きい原子です。そこに H が直接くっつくと、H の電子が強烈に引っ張られて、H が裸に近い δ+ になります。一方、F・O・N の側は δ− になる。この強く分極した H が、別の分子の F・O・N の孤立電子対に引き寄せられる——これが水素結合です。
「F・O・N に直接結合した H」。この条件は丸ごと覚えてください。逆に言えば、C に結合した H(炭化水素の H など)では水素結合はできません。
電気陰性度は F > O なのに、なぜ沸点は H₂O > HF なのか
ここが国試で問われやすいところです。
電気陰性度を比べると、F のほうが O より大きい。周期表を見てもそうですよね。ということは、HF のほうが H を強く引っ張るので、水素結合1本あたりの力は HF のほうが強いはずです。実際そのとおりです。
それなのに、沸点は H₂O のほうが高い。 なぜか。

答えは腕の数です。
水分子 H₂O を見てください。O は孤立電子対を2個持っています。これが水素結合を「受け入れる」腕2本。さらに、δ+ になった H が2個あるので、水素結合を「差し出す」腕も2本。合計で4本の水素結合を持つことができます。
一方 HF は、H が1個しかありません。 孤立電子対は F にありますが、差し出せる H が1本だけなので、トータルの腕は2本にとどまります。
つまり、こういう構図です。
| 1本あたりの強さ | 腕の数 | トータル | |
|---|---|---|---|
| HF | 強い(電気陰性度 F > O) | 2本 | 負ける |
| H₂O | HFより弱い | 4本 | 勝つ |
1本の力は HF のほうが強いけれど、本数が少ない。水は1本あたりは劣るが、本数が多いのでトータルで勝つ。 だから沸点も H₂O > HF になります。
この「1本あたりの強さ × 本数」という見方は、水が4本の水素結合でネットワークを作っているという次の記事の話にもそのままつながります。
なぜ水素結合を別分類にしたのか、もう一度
ここまでの話を、最初の問いに戻して整理しておきます。
- 1950年頃まで — 電荷のない中性分子間に働く引力なので、ファンデルワールス相互作用の一種(強いバージョン)だと考えられていた
- 強さが説明できない — 沸点のグラフを見れば分かるとおり、ファンデルワールス相互作用だけでは水や HF の沸点を説明できない。何十倍も強い
- 性質も違う — 単なる静電的な引力ではなく、少し共有結合っぽい(電荷移動的な)性質がある
- 現在 — ファンデルワールス相互作用とは別物として扱う
「強いから別にした」のではなく、「強さの理由が別だったから別にした」。ここが分かっていると、記述問題でも説明ができます。
まとめ
- 水素結合はファンデルワールス相互作用の強いバージョンではない。1950年頃まではそう考えられていたが、現在は別分類
- 理由は2つ。①ファンデルワールス相互作用の何十倍も強い ②単なる静電的引力ではなく、少し共有結合っぽい(電荷移動的な)性質を持つ
- 生じる条件は「F・O・N に直接結合した H(δ+)」。C に結合した H では生じない
- 異常な強さは沸点のグラフで見える。H₂O・HF・NH₃ だけが、分子量から予想される傾向を大きく外れて高い
- 比較の定番は H₂S(分子量34・沸点約 −60℃) と H₂O(分子量18・沸点100℃)。H₂S はファンデルワールス相互作用のみ
- 電気陰性度は F > O なので、水素結合1本あたりは HF のほうが強い。しかし H₂O は腕が4本(孤立電子対2 + H 2個)あり、HF は2本しかないため、トータルでは H₂O が勝つ。だから沸点も H₂O > HF
次は水素結合で決まる水への溶解性:溶ける溶媒・溶けない溶媒の分類を読んでみてください。いま出てきた「水が4本の腕でネットワークを作っている」という話が、そのまま溶解性の話になります。
物理を、1枚の地図として頭に入れませんか
この記事の冒頭に載せたマインドマップは、物理という科目のほんの一区画です。実際には、物質の物理的性質から化学物質の分析、放射化学までが、1枚の地図としてひと続きにつながっています。
公式をバラバラに覚えようとすると物理は苦しくなりますが、「この式がどこから来て、どこにつながるのか」が地図として見えていると、覚える量そのものが減ります。細切れに暗記してきたものが、1本の線になる感覚です。
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