
「なぜ水素結合のところで溶解性をやるのか」と思うかもしれません。理由はシンプルです。ある物質が水に溶けるかどうかは、その物質が水と水素結合を作れるかどうかで、かなりの部分が決まるからです。
前の記事で、水分子は4本の水素結合を持てると確認しました。孤立電子対2つで受け入れ、δ+ の H 2つで差し出す。この4本の腕があるおかげで、水は分子どうしがネットワークのようにつながった状態になっています。
そこへ別の物質を放り込んだとき、そのネットワークに入れてもらえるかどうか。 入れてもらえれば溶ける、入れてもらえなければ溶けない。ざっくり言えばそういう話です。だから溶解性は、水素結合の続きとして扱うのが一番わかりやすいんですね。
この記事では、水素結合を作れる / 微妙 / 作れないの3段階で溶媒を分類していきます。そしてもう一つ、比重もセットで整理します。国試では「水より重いか軽いか」が地味に効いてくるので、溶解性と一緒に覚えてしまいましょう。
この記事は、もともと解説授業の動画で話している内容を記事に起こしたものです。物理の解説授業は分光分析法の範囲をYouTubeで無料公開しているので、読むよりも動画で一気に見たい人はそちらもどうぞ。
Contents
① 水素結合を作れるもの:よく溶ける
まずは一番わかりやすいところから。エタノールです。

お酒ですね。水によく溶けます。というより、いくらでも混ざります。
構造式を見れば理由が分かります。エタノール C₂H₅–O–H には OH 基があります。O が δ−、H が δ+ になっているので、水素結合を差し出すこともできるし、受け入れることもできる。 水分子とまったく同じ振る舞いができるわけです。
だから水のネットワークにそのまま入っていける。これが「よく溶ける」の正体です。比重は 0.79 で、水より軽い。
② 水素結合が微妙なもの:受け入れはできるが差し出せない
次が、このグループです。δ+ の H を受け入れることはできるけれど、自分からは差し出せないという中間グループ。ここが一番おもしろいところです。
少し溶ける:ジエチルエーテルと酢酸エチル

ジエチルエーテル C₂H₅–O–C₂H₅ と、酢酸エチル CH₃–CO–O–CH₂CH₃。この2つに共通しているのは、酸素に孤立電子対があるということです。
孤立電子対があるので、水の δ+ の H を受け入れることはできます。ただし、自分の側に δ+ の H はないので、差し出すことはできません。 片方通行なんですね。
結果として、「少し溶ける」という中途半端な結果になります。ジエチルエーテルは、酸素に孤立電子対があるとはいえ周囲が炭素だらけなので、相互作用としては弱い部類です。比重はジエチルエーテルが 0.72、酢酸エチルが 0.9。どちらも水より軽い。
よく溶ける:アセトンとアセトニトリル

ところが、同じ「受け入れるだけ」グループなのに、アセトンとアセトニトリルは水によく溶けます。
アセトン CH₃–CO–CH₃ の酸素、アセトニトリル CH₃–C≡N の窒素。どちらも孤立電子対を持っていて、δ+ の H を受け入れられる、という点では酢酸エチルと同じです。比重も 0.79 と 0.78 で、エーテルや酢酸エチルと同程度。
なのに、なぜアセトンはよく溶けて、酢酸エチルは少ししか溶けないのか。
アセトンと酢酸エチルの差は、どこから来るのか
この2つは、どちらもカルボニル基(C=O)を持っています。条件は同じに見えます。理由は主に2つあります。
1つ目は、カルボニル酸素の電子の豊かさです。
アセトンのカルボニル炭素には、両側にメチル基(炭素)がついています。炭素からどんどん電子を吸い上げて、それをカルボニル酸素に渡すことができる。つまり、酸素の δ− が強くなるんですね。δ− が強ければ、水の δ+ の H をより強く引き寄せられます。
一方、酢酸エチルのカルボニル炭素の隣には酸素がついています。この酸素が電子を引っ張るので、カルボニル酸素のほうは相対的に電子が回ってこない。結果として δ− が弱い。だから水素結合の相手としては弱くなります。
2つ目は、分子の大きさです。
水への溶解度を考えるとき、分子のサイズは非常に重要な要素です。酢酸エチルよりアセトンのほうが分子が小さい。 小さいほど水のネットワークに割り込みやすいので、これも効いています。
ここは、暗記そのものというより「どっちだったっけ」を思い出すためのフックとして持っておいてください。試験本番で「アセトンはよく溶ける、酢酸エチルは少し」が出てこなくなったとき、「隣に炭素がいるか酸素がいるか」「どっちが小さいか」を思い出せれば復元できます。
③ 水素結合を作れないもの:溶けにくい、そして水より重い
最後のグループです。

クロロホルム CHCl₃、四塩化炭素 CCl₄、二硫化炭素 CS₂(S=C=S)。 この3つは水に溶けにくい。
構造を見れば納得できます。四塩化炭素も二硫化炭素も対称性が高いので極性がありません。クロロホルムもほぼ極性がない。極性がなく、孤立電子対で水素を受け入れることもできないので、水のネットワークに入る手段がないわけです。
そしてこの3つだけ、比重が1より大きいのがポイントです。
| 溶媒 | 比重 | 水への溶解性 |
|---|---|---|
| クロロホルム CHCl₃ | 1.49 | 溶けにくい |
| 四塩化炭素 CCl₄ | 1.59 | 溶けにくい |
| 二硫化炭素 CS₂ | 1.26 | 溶けにくい |
比重というのは、水と同じ体積で比較したときの質量の比です。1より大きければ水より重いので、分液ろうとに入れたときに下の層にきます。溶媒抽出のときに「どっちの層が目的物か」を間違えないためには、ここを知っている必要があります。
全体を1つの表にまとめる
結局のところ、この単元で押さえるのはどの溶媒が水に溶けるか、そして水より重いか軽いかの2点です。1枚にまとめておきます。
| 分類 | 溶媒 | 比重 | 水への溶解性 |
|---|---|---|---|
| 水素結合を作れる | エタノール C₂H₅OH | 0.79 | よく溶ける |
| 受け入れのみ(△) | アセトン CH₃COCH₃ | 0.79 | よく溶ける |
| 受け入れのみ(△) | アセトニトリル CH₃CN | 0.78 | よく溶ける |
| 受け入れのみ(△) | ジエチルエーテル (C₂H₅)₂O | 0.72 | 少し溶ける |
| 受け入れのみ(△) | 酢酸エチル CH₃COOC₂H₅ | 0.9 | 少し溶ける |
| 作れない | クロロホルム CHCl₃ | 1.49 | 溶けにくい |
| 作れない | 四塩化炭素 CCl₄ | 1.59 | 溶けにくい |
| 作れない | 二硫化炭素 CS₂ | 1.26 | 溶けにくい |
比重が1を超えるのは、下の3つ(溶けにくいグループ)だけです。「溶けないやつは重い」で紐づけて覚えると、2つの情報が1つで済みます。
まとめ
- 水に溶けるかどうかは、水と水素結合を作れるかどうかでかなりの部分が決まる。水は4本の腕でネットワークを作っているので、そこに入れてもらえるかどうかの勝負
- 水素結合を作れる(差し出せる+受け入れられる) → エタノール。よく溶ける
- 受け入れだけできる(孤立電子対はあるが δ+ の H を持たない) → ジエチルエーテル・酢酸エチルは少し溶ける、アセトン・アセトニトリルはよく溶ける
- アセトンが酢酸エチルよりよく溶ける理由は①カルボニル酸素の δ− が強い(周囲の炭素から電子を吸い上げられる)②分子が小さい
- 水素結合を作れない → クロロホルム・四塩化炭素・二硫化炭素。溶けにくく、比重はすべて1より大きい
- 比重が1を超えるのは、この溶けにくい3つだけ。 溶媒抽出で下の層にくるのはこの3つ
次はイオン-双極子間相互作用:食塩が水に溶けるしくみ(水和)を読んでみてください。ここまでは電荷を持たない分子どうしの話でしたが、次からは完全な電荷を持つイオンが登場します。
物理を、1枚の地図として頭に入れませんか
この記事の冒頭に載せたマインドマップは、物理という科目のほんの一区画です。実際には、物質の物理的性質から化学物質の分析、放射化学までが、1枚の地図としてひと続きにつながっています。
公式をバラバラに覚えようとすると物理は苦しくなりますが、「この式がどこから来て、どこにつながるのか」が地図として見えていると、覚える量そのものが減ります。細切れに暗記してきたものが、1本の線になる感覚です。
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