
ここで話のステージが一段変わります。
ファンデルワールス相互作用も水素結合も、基本的には電荷を持たない分子どうしの相互作用でした。δ+ や δ− はあっても、それは「偏り」であって、完全な電荷ではありません。
今回扱うイオン-双極子間相互作用は違います。双極子に、完全な電荷を持つイオンが近づいてきたらどうなるか。 これがテーマです。
そして、この相互作用を理解すると、薬学で毎日のように出てくる現象が説明できるようになります。食塩が水に溶けるという、あまりにも当たり前の現象です。
この記事は、もともと解説授業の動画で話している内容を記事に起こしたものです。物理の解説授業は分光分析法の範囲をYouTubeで無料公開しているので、読むよりも動画で一気に見たい人はそちらもどうぞ。
Contents
まず、ファンデルワールス相互作用とは別枠である理由
先に枠組みの確認をしておきます。
ファンデルワールス相互作用の記事で、定義は「電荷のない中性分子や原子間に働く引力・斥力の総称」だと書きました。イオン-双極子間相互作用は、片方が完全な電荷を持つイオンです。したがって、ファンデルワールス相互作用には含まれません。
6つの相互作用が並んでいると、つい全部を同列に見てしまいますが、実際には
- 電荷を持たないグループ — ファンデルワールス相互作用、水素結合
- 完全な電荷が登場するグループ — イオン-双極子間相互作用、静電相互作用
という線が引かれています。この線を意識しておくと、選択肢の切り分けが速くなります。
極性分子がイオンに近づくと何が起こるか

図はシンプルです。左が極性分子(双極子)、右がイオン。
イオンがマイナスの電荷を持っているなら、双極子の δ+ の側が向きます。イオンがプラスなら、双極子の δ− の側が向く。ただそれだけです。
ポイントは、イオンの電荷が「完全」であることです。δ+ や δ− のような部分的な偏りではなく、まるまる1個ぶんの電荷。だから相互作用としては、双極子どうし(配向力)よりもずっと強くなります。
代表例:食塩が水に溶けるとき(イオンの水和)
この相互作用の代表例が、イオンの水和現象です。塩化ナトリウム NaCl を水に入れたときに起きていることを追いかけてみましょう。
① NaCl が Na⁺ と Cl⁻ に分かれる
固体の NaCl は、Na⁺ と Cl⁻ がイオン結合で規則正しく並んだ結晶です。これが水中でプラスとマイナスに分かれます。
② 水分子がイオンを取り囲む
水分子は δ+(H 側)と δ− (O 側)に分極していますよね。ここでイオン-双極子間相互作用が働きます。
- Cl⁻(マイナス)には、水分子の δ+ の H 側が向く
- Na⁺(プラス)には、水分子の δ− の O 側が向く
③ イオンが安定化する
水分子がイオンをどんどん取り囲んでいくことで、イオンが安定します。この「水分子に取り囲まれた状態」が水和です。
だから、食塩のようなイオン性物質は水によく溶けるということになります。前の記事で有機溶媒の溶解性をやりましたが、イオン性物質の溶解はこの経路で説明されます。
なぜ、わざわざ「中途半端な」水と相互作用するのか
ここは少し踏み込んだ話です。試験に直接出るところではありませんが、腑に落ちると忘れません。
こういう疑問が湧きませんか。NaCl は固体の中で、完全な電荷を持つ Na⁺ と Cl⁻ がものすごく強いイオン結合をしている。 それなのに、なぜわざわざ相手を、δ+ と δ− しか持たない「中途半端な」水分子に乗り換えるのか。損じゃないのか、と。
答えは、水の側も相当に強いからです。
水分子どうしは、前の記事でやったとおり4本の水素結合でネットワークを組んでいて、その引力はかなり強い。実は、NaCl のイオン間引力の大きさと、水分子間の水素結合による引力の大きさが、けっこう似ているんですね。
力が拮抗していると、系は行ったり来たりできます。イオン結晶を崩すコストと、水和で得られる安定化が釣り合うから、NaCl は水に「よく溶ける」という結果になるわけです。相手が中途半端なのではなく、相手もそれなりに強かった、というのが実際のところです。
まとめ
- イオン-双極子間相互作用は、双極子(極性分子)に、完全な電荷を持つイオンが近づいたときの相互作用
- イオンが完全な電荷を持つため、ファンデルワールス相互作用には含まれない。6つのうち「電荷を持たないグループ」と「完全な電荷が登場するグループ」の境目がここ
- 代表例はイオンの水和現象。NaCl が水に溶けるとき、Cl⁻ には水の δ+(H側)が、Na⁺ には水の δ−(O側)が向いて取り囲む
- 水分子に取り囲まれて安定化することを水和といい、だからイオン性物質は水によく溶ける
- NaCl が溶けるのは、イオン間引力と、水分子間の水素結合による引力の大きさが近いため
次は疎水性相互作用:なぜ「見かけの力」と呼ばれるのかを読んでみてください。6つの中で、この1つだけは毛色がまったく違います。
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