
6つの相互作用のうち、この1つだけが決定的に毛色が違います。
「疎水性相互作用」という言葉をそのまま読むと、こう思いますよね。疎水性の物質と疎水性の物質が、互いに引き合う力なのだろう、と。名前からすれば当然の読み方です。
ところが、これは違います。 疎水性分子どうしの間に、引き合う力が働いているわけではありません。疎水性相互作用は、見かけの力です。
では実際には何が起こっているのか。主役は、疎水性分子ではなく水分子のほうです。 ここを押さえると、この単元は一気にすっきりします。
この記事は、もともと解説授業の動画で話している内容を記事に起こしたものです。物理の解説授業は分光分析法の範囲をYouTubeで無料公開しているので、読むよりも動画で一気に見たい人はそちらもどうぞ。
先に、講義の順番について
細かい話ですが、気になる人がいると思うので書いておきます。
6つの相互作用は、本来ならイオン-双極子間相互作用の次に、同じ「電荷が登場するグループ」である静電相互作用へ進むのが自然な流れです。
それでも先に疎水性相互作用を挟むのには理由があります。静電相互作用の応用として、「コロイドが安定して分散していられるのか、それとも沈殿するのか」を判断する理論(薬剤学で必ず学ぶDLVO理論)があるのですが、その前提として「なぜ疎水コロイドが沈殿しないのか」を先に知っておいたほうが、圧倒的に理解しやすいのです。
なので、ここで一度寄り道します。
言葉のとおりに読むと間違える
改めて確認します。疎水性相互作用という言葉から素直に想像するのは、こういう絵です。
疎水性分子と疎水性分子が、互いに引き合っている
これは正しくありません。 疎水性分子どうしの間に、特別な引力があるわけではないのです。
では、水の中で油滴が集まるのはなぜなのか。ここからが本題です。
本当の主役は水分子

図の左側を見てください。水溶液の中に疎水性分子が2つ、離れて浮いています。そして、その疎水性分子の周りを、水分子がびっしりと取り囲んでいます。
この取り囲んでいる水分子(図の濃い色の粒)が、話の中心です。疎水性分子の表面にへばりついている水分子は、自由に動けません。 本来なら他の水分子と自由に水素結合を組み替えながら動き回れるはずなのに、疎水性分子の周りでは動きを制限された状態になっています。
次に図の右側。疎水性分子どうしがくっついて1つの塊になりました。 何が変わったか。
2つの分子がバラバラでいたときよりも、表面積の合計が小さくなります。 ということは、表面に張りつかなければならない水分子の数が減る。余った水分子が解放されて、自由に動けるようになるわけです。
キーワードは「エントロピー」
自由に動ける水分子の数が増えると、どうなるか。エントロピーが上がります。
エントロピーは乱雑さの指標です。詳しくはエントロピーとギブズエネルギーの記事で扱いますが、ここでは「自由に動ける状態が増えること」とだけ理解しておけば十分です。
系は、エントロピーが上がる方向に進もうとします。だから、水の中では疎水性分子が固まりやすくなる。
外から見ていると、疎水性分子どうしが引き合っているように見えます。でも実際に起きているのは、水分子が自由になりたがっているということなんですね。だから見かけの力と呼ばれます。
試験での答え方。 「疎水性相互作用の駆動力は何か」と問われたら、疎水性分子どうしの引力ではなく、水分子が解放されることによるエントロピーの増大、が答えになります。ここは記述でも選択肢でも狙われるところです。
代表例:ミセル形成とコロイド
この考え方が効いてくる具体例が、薬剤学の領域にあります。
界面活性剤によるミセル形成がその代表です。界面活性剤は、水になじむ親水基と、水になじまない疎水基(親油基)を1つの分子に持っています。これを水に入れると、疎水基どうしが内側を向いて集まり、親水基を外に向けた球状の集合体——ミセル——を作ります。
このとき疎水基が内側に集まるのも、疎水基の周りに張りついていた水分子が解放されるからです。疎水基どうしに特別な引力があるわけではありません。
ミセル、CMC、クラフト点と曇点、HLB といった話は界面活性剤の記事で詳しく扱っています。物理でやったこの考え方が、そのまま製剤の話になっていく感覚を味わってみてください。
そしてコロイド。疎水コロイドが水中で沈殿せずに分散していられる理由を考えるとき、この疎水性相互作用と、次にやる静電相互作用の両方が必要になります。次の記事への伏線です。
まとめ
- 疎水性相互作用は、言葉のとおりに「疎水性分子どうしが引き合う力」と読むと間違える
- 実際に起きているのは、疎水性分子を取り囲んでいた水分子が、疎水性分子が集まることで解放されるということ
- 自由に動ける水分子が増える → エントロピーが上がる → だから疎水性分子は水中で固まりやすい
- 外から見ると引力があるように見えるので、見かけの力と呼ばれる。本当の主役は水分子
- 「駆動力は何か」と問われたら、水分子の解放によるエントロピーの増大と答える
- 代表例は界面活性剤のミセル形成とコロイド。どちらも製剤学につながる
次は静電相互作用:クーロン力・誘電率とポテンシャルエネルギーを読んでみてください。今回の疎水性相互作用と合わせると、コロイドが安定でいられる理由が見えてきます。
物理を、1枚の地図として頭に入れませんか
この記事の冒頭に載せたマインドマップは、物理という科目のほんの一区画です。実際には、物質の物理的性質から化学物質の分析、放射化学までが、1枚の地図としてひと続きにつながっています。
公式をバラバラに覚えようとすると物理は苦しくなりますが、「この式がどこから来て、どこにつながるのか」が地図として見えていると、覚える量そのものが減ります。細切れに暗記してきたものが、1本の線になる感覚です。
物理のマインドマップ(¥3,500)は、その全体像を1冊にまとめたPDFです。無料サンプル(分光分析法の範囲)と、地図をたどりながら話すYouTubeの講義動画があるので、この進め方が自分に合うかどうかは先に確かめられます。