物質のエネルギーと平衡(熱力学)

エントロピーとギブズエネルギーで自発的反応を判断する【薬剤師国家試験】

自発的反応の判断のマインドマップ
自発的反応の判断のマインドマップ

ここから少し毛色が変わります。前回までは熱と仕事、つまりエネルギーの話でした。でもエネルギーだけでは、反応が自発的に進むかどうかを説明できないのです。

こんな実験を考えてみてください。箱を仕切りで2つに分けて、片側に気体、もう片側は真空にしておきます。仕切りを取っ払うと、気体はパッと全体に広がりますよね。エネルギー的には、広がる前も後もまったく同じです。なのに、片側に固まったままということは起こらない。なぜでしょうか。

そこで出てくるのがエントロピー、そしてそれを使いやすくしたギブズエネルギーです。この記事がゴールである化学ポテンシャルへの、実質的な第一歩になります。

この記事は、もともと解説授業の動画で話している内容を記事に起こしたものです。物理の解説授業は分光分析法の範囲をYouTubeで無料公開しているので、読むよりも動画で一気に見たい人はそちらもどうぞ。

自発変化はどちらへ向かうのか

まず、よくある誤解から潰しておきます。

✕ 自発変化はエネルギーが低い方向へ向かう

そうとは限りません。

  • 完全気体(理想気体)の真空中への拡散では、分子全体の運動エネルギーは不変
  • 熱い金属と冷たい金属を接触させると、熱い側はエネルギーを失い冷たい側は得る。総量は変わらない

熱力学第一法則(ΔU = q + W)から見ても、エネルギーがなくなったわけではありません。

○ 自発変化は、エネルギーが分散し、物が乱雑になろうとする傾向に向かう

容器の一部に気体が偏っている瞬間があったとしても、空間全体に広がってしまう。再集合することは確率的にほぼありえない。これが向きを決めています。

熱力学第二法則

孤立系のエントロピーは増加する傾向にある。

ついでに第三法則も押さえておきましょう。

熱力学第三法則:完全結晶性物質のエントロピーは0 Kで0である。

エントロピーの定義式

ΔS = q_rev / T

乱雑さの変化は、そのときの温度で、与えた熱を割ったもの。なぜ分母に温度が来るのか、イメージで掴んでおきましょう。

カラオケボックスと図書館で考えてみてください。

  • カラオケボックス(= T が高い状態):みんながワーワー歌っている中で、誰か一人が声を張り上げても、乱雑さはほとんど変わらない
  • 図書館の自習室(= T が低い状態):シーンとしている中で、カラオケと同じ大きさの声で友達が話し出したら、「何だあいつ」とザワザワする。乱雑さは大きく上がる

同じ q を入れても、T が大きければ ΔS は小さく、T が小さければ ΔS は大きい。式の形がそのまま感覚と一致しますね。

q_rev とは何か

rev は reversible、つまり可逆です。q_rev = 可逆等温膨張したときの熱量。

可逆等温膨張とは、熱を入れても温度が上がらないように、気体が仕事をしながらゆっくり膨らんでいく変化のこと。等温なので ΔU = 0、したがって q_rev = −W_rev。入った熱が全部仕事になります。

この W_rev を計算すると(国試では不要なので結果だけ)、

ΔS = q_rev / T = nR ln(V_f / V_i)

この導出を覚える必要はありません。 ただ、「q_rev という量は、可逆等温変化を考えたときに出てくるものだ」ということだけは押さえてください。

なぜ不可逆変化にも使えるのか

ここが混乱しやすいポイントです。ΔS は状態関数なので、前と後の状態だけで決まり、どういう経路でたどり着いたかは関係ありません。

エンタルピーのときの「山の標高差」と同じです。まず可逆等温膨張という、精密で計算しやすい登り方で山の高さを測っておく。高さが分かってしまえば、実際の登り方が可逆でも不可逆でも、標高差は同じ。だからこの式は可逆変化でも不可逆変化でも使えます。

なお、自発変化かどうかを判断するには、系の ΔS だけでなく外界の ΔS_sur も考える必要があります。

ΔS_tot = ΔS + ΔS_sur

これが後で効いてきます。

相転移のエントロピー

エントロピーの使い方を、相転移で確認しましょう。エンタルピーのときと同じ流れですね。

相転移に伴うエントロピー変化
相転移に伴うエントロピー変化

縦軸がエントロピー S、横軸が温度 T のグラフです。温度が上がるにつれて氷のエントロピーは徐々に増えていきますが、同じ温度のまま相転移が起こるところで S が段差状に跳ね上がります。

0℃の氷が0℃の水になる
0℃の氷が0℃の水になる

相転移では温度が一定のままなので、ΔS = q_rev / T の q_rev にそのまま相転移エンタルピーを入れられます。

名前 式 条件
標準融解エントロピー Δ_fus S° = Δ_fus H° / T_fus 0℃(273 K)の氷 → 0℃の水
標準蒸発エントロピー Δ_vap S° = Δ_vap H° / T_b 100℃(373 K)の水 → 100℃の水蒸気

標準状態なので、1 bar、純物質、形態(氷か水か水蒸気か)を指定、そして温度も指定。エンタルピーの回で決めた基準が、そのまま使えています。

この形は101回 問91でも問われています。

系の中だけでは判断できない例

ここが、ギブズエネルギーが生まれた理由です。

水素と酸素から水ができる反応を考えます。

2H₂(g) + O₂(g) → 2H₂O(l)

3分子の気体が2分子の液体になります。乱雑さは明らかに減りますよね。実際、系のエントロピー変化は Δ_rS° ≈ −327 J・K⁻¹・mol⁻¹ とマイナスです。

でも、水素と酸素の混合気体にきっかけを与えたら、爆発的に反応が進みます。おかしくないですか?

答えは外にあります。この反応は強い発熱反応なので、外界に大量の熱 q が出ていきます。すると外界のエントロピーが大きく上がるのです。

ΔS_sur = q_sur / T = −q_sys / T

系と外界を足し合わせると ΔS_tot ≈ +192 J・K⁻¹・mol⁻¹ とプラスになり、自発変化だと判定できます。

つまり、こんなに単純な反応でさえ、外界のエントロピーまで計算しないと向きが決められない。これは面倒です。

ギブズエネルギーの導入

この面倒くささをどうにかしたのがギブズエネルギーです。

まず、T と P を一定にすると、外界のエントロピー変化は系の ΔH で書けます。

ΔS_sur = −ΔH / T

これを全体の式に入れると、

ΔS_tot = ΔS − ΔH / T

両辺に T(温度一定なのでただの定数)を掛けます。

T・ΔS_tot = T・ΔS − ΔH

右辺を見てください。ここで、ギブズさんが定義した量を思い出します。

G = H − TS、すなわち ΔG = ΔH − T・ΔS

さきほどの式の右辺は、まさに −ΔG です。したがって

T・ΔS_tot = −ΔG

何がすごいのか

ΔG は、ΔH も ΔS も系の中の量だけでできています。 ビーカーの中だけを測れば、外界のエントロピー変化を考えなくても、全体のエントロピー変化 ΔS_tot が分かる。

そして符号の向きが逆転しているので、

ΔG < 0 なら自発的変化

「ギブズエネルギーが減る方向に反応が進む」。感覚的にも分かりやすい形になりました。

全エントロピーとギブズエネルギー
全エントロピーとギブズエネルギー

グラフで見ると、全エントロピーの山を上下ひっくり返して T を掛けたものが、系のギブズエネルギーの谷になります。坂の途中にいるものは自発的に低いほうへ転がっていき、一番低いところが平衡状態です。ΔG は傾きを表している、と見ると分かりやすいですね。

まとめ

  • 自発変化は「エネルギーが低いほうへ」ではなく、エネルギーが分散し乱雑になるほうへ向かう
  • 熱力学第二法則:孤立系のエントロピーは増加する傾向にある。第三法則:完全結晶性物質のエントロピーは0 Kで0
  • ΔS = q_rev / T。同じ熱でも、温度が低いほど乱雑さの増え方は大きい(図書館とカラオケ)
  • q_rev は可逆等温膨張のときの熱量。ΔS は状態関数なので、不可逆変化にも使える
  • 相転移では Δ_fus S° = Δ_fus H° / T_fus、Δ_vap S° = Δ_vap H° / T_b
  • 自発性の判定には ΔS_tot = ΔS + ΔS_sur が必要。2H₂ + O₂ → 2H₂O は系だけ見ると −327 J・K⁻¹・mol⁻¹ だが、発熱で外界が大きく増えるため全体では正
  • T, P 一定なら ΔS_sur = −ΔH / T。これを使うと T・ΔS_tot = −ΔG、ΔG = ΔH − TΔS
  • ΔG < 0 で自発的変化。 系の中の量だけで全体の向きが判定できるようになった

ΔS = q_rev / T、ΔS_sur、Δ_fus S°・Δ_vap S°、そして ΔG = ΔH − TΔS とそのグラフ。この4つは自分で説明できるようにしておいてください。ここができると、この先がぐっと進みやすくなります。

次はモルギブズエネルギーと純物質の相平衡:相図・相律・クラペイロン式です。手に入れたギブズエネルギーを使って、まず一番簡単な純物質の相平衡を扱います。

物理を、1枚の地図として頭に入れませんか

この記事の冒頭に載せたマインドマップは、物理という科目のほんの一区画です。実際には、物質の物理的性質から化学物質の分析、放射化学までが、1枚の地図としてひと続きにつながっています。

公式をバラバラに覚えようとすると物理は苦しくなりますが、「この式がどこから来て、どこにつながるのか」が地図として見えていると、覚える量そのものが減ります。細切れに暗記してきたものが、1本の線になる感覚です。

物理のマインドマップ(¥3,500)は、その全体像を1冊にまとめたPDFです。無料サンプル(分光分析法の範囲)と、地図をたどりながら話すYouTubeの講義動画があるので、この進め方が自分に合うかどうかは先に確かめられます。

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