
この記事が、熱力学の理論パートの総決算です。
薬剤師国家試験の物理で頻出なのがファントホッフ式です。ところがこの式、いきなりポンと出されると丸暗記するしかありません。式の中には平衡定数 K、ギブズエネルギー変化 ΔG°、エンタルピー ΔH°、エントロピー ΔS° が全部出てきます。
ΔG も ΔH も ΔS も、ここまでで説明してきました。残っているのは平衡定数 K だけです。だから今回は、まず K が化学ポテンシャルからどう出てくるのかを見て、そのうえでファントホッフ式にたどり着きます。
この記事は、もともと解説授業の動画で話している内容を記事に起こしたものです。物理の解説授業は分光分析法の範囲をYouTubeで無料公開しているので、読むよりも動画で一気に見たい人はそちらもどうぞ。
Contents
平衡定数はどこから来たのか
大学受験の化学で、こんな一般式を習ったはずです。
aA + bB → cC + dD のとき、平衡定数は
K = [C]^c [D]^d / ([A]^a [B]^b)
生成物が分子、反応物が分母で、係数が指数に乗る。なぜこの形なのかを、化学ポテンシャルから見ていきます。
反応ギブズエネルギー Δ_rG
自発的反応の回のグラフを思い出してください。横軸が反応の進行度、縦軸がギブズエネルギー。谷の底が平衡で、坂の傾きが正か負かで反応の向きが決まりました。
いま知りたいのは、「今どっちに行きたいか」という傾きです。系全体のギブズエネルギー変化を知りたいわけではありません。
生成物から反応物を引けばいいので、化学ポテンシャルを使って
Δ_rG = (c μ_C + d μ_D) − (a μ_A + b μ_B)
活量を入れる
ここに各成分の化学ポテンシャルを入れます。前回は気体の分圧で書きましたが、一般には活量 a_J を使います。
μ_J = μ_J° + RT ln a_J
活量は、ざっくり言えば「標準状態を基準にした、実効的な濃度」のようなものです(詳しくは次回)。
これを全部代入して整理すると、標準状態の項がまとまって、
Δ_rG = Δ_rG° + RT ln(a_C^c a_D^d / a_A^a a_B^b)
この対数の中身を Q(反応商) と置きます。
Δ_rG = Δ_rG° + RT ln Q
平衡のとき
平衡とは、グラフの谷の底、つまり Δ_rG = 0 のところです。このときの Q の値に K という名前をつけたもの——それが平衡定数です。
K = Q_eq = (a_C^c a_D^d / a_A^a a_B^b)_eq
大学受験で覚えた形が、そのまま出てきましたね。
そして Δ_rG = 0 を代入すると、
0 = Δ_rG° + RT ln K
Δ_rG° = −RT ln K
この式も重要です。Δ_rG° < 0 なら K > 1、つまり平衡は生成物側に偏るということですね。
ファントホッフ式
ここからが本題です。平衡定数 K と温度 T の関係を表したのがファントホッフ式です。
2つの式を連立します。
- Δ_rG° = −RT ln K(いま導いたもの)
- Δ_rG° = Δ_rH° − T Δ_rS°(自発的反応の回のギブズエネルギーの定義)
−RT ln K = ΔH° − TΔS° を ln K について解くと、
ln K = −(ΔH° / R)·(1/T) + ΔS° / R

グラフの読み方 ― ここが出ます
縦軸と横軸が何になるかが、すごく大事です。
- 縦軸:ln K
- 横軸:1/T
- 傾き:−ΔH° / R
- 切片:ΔS° / R
つまり、温度を変えて反応の進み具合を測り、グラフにすれば、そこから反応熱 ΔH° が分かる。しかも切片から ΔS° も分かります。これがこの式のありがたさです。
傾きの符号で吸熱・発熱を見分ける
ここも必ず問われます。「系の中の小人」で考えましょう。
| 反応 | 熱の向き | ΔH° | 傾き −ΔH°/R | グラフ |
|---|---|---|---|---|
| 吸熱反応 | 系の中に入ってくる | + | − | 右下がり |
| 発熱反応 | 系の外に出ていく | − | + | 右上がり |
横軸が 1/T であることを忘れないでください。ここを T だと勘違いすると、符号の判断が全部ひっくり返ります。
アレニウス式との対比
ファントホッフ式とそっくりな式が、反応速度論に出てきます。アレニウス式です。
ln k = −(E_a / RT) + ln A
| ファントホッフ式 | アレニウス式 | |
|---|---|---|
| 分野 | 熱力学 | 反応速度論 |
| 縦軸 | ln K(大文字K、平衡定数) | ln k(小文字k、反応速度定数) |
| 横軸 | 1/T | 1/T |
| 傾き | −ΔH° / R | −E_a / R |
| 切片 | ΔS° / R | ln A(A は頻度因子) |
国試では、この2つを取り違えさせる問題が出ます。 マインドマップを思い浮かべたときに、「ファントホッフ式は熱力学のところにあった」「アレニウス式は反応速度論のところにあった」——この位置情報だけでも、かなり効きます。
なぜこんなに似ているのか(参考・国試には出ません)
熱力学と反応速度論は、歴史的には別々の分野として発展してきました。それが統計力学(ボルツマン分布)の発展によってつながり、平衡定数 K のところでドッキングしたのです。
平衡反応 A ⇄ B で、右向きの速度定数を k₁、左向きを k₋₁ とすると、K = k₁ / k₋₁。熱力学側の K と、反応速度論側の k が、本質的に同じものだと分かった——これは歴史的にかなり劇的な展開でした。
似ているのは当たり前だったわけですね。国試には出ませんが、これを知っていると2つの式を混同しにくくなります。
ルシャトリエの原理
ファントホッフ式やアレニウス式が分かる前から知られていた経験則が、ルシャトリエの原理です。
平衡状態にある系に変化を加えると、その変化を打ち消す方向に平衡が移動する。
- 反応物の濃度を上げる → 打ち消すように生成物側へ移動
- 圧力を上げる → 圧力を下げる(気体分子の数が減る)方向へ移動
- 発熱反応で系を冷却する → 発熱する方向、つまり生成物側へ移動
大学受験でも頻出ですね。ファントホッフ式は、この経験則に熱力学的な裏づけを与えたもの、と位置づけられます。
まとめ
- Δ_rG = (c μ_C + d μ_D) − (a μ_A + b μ_B)。ここに μ_J = μ_J° + RT ln a_J を代入して整理すると Δ_rG = Δ_rG° + RT ln Q
- 平衡(Δ_rG = 0)のときの Q が平衡定数 K。大学受験で覚えた K の形は、ここから出てくる
- Δ_rG° = −RT ln K。Δ_rG° < 0 なら K > 1
- ファントホッフ式:ln K = −(ΔH°/R)(1/T) + ΔS°/R
- グラフは縦軸 ln K・横軸 1/T。傾き −ΔH°/R、切片 ΔS°/R。傾きが右下がりなら吸熱、右上がりなら発熱
- アレニウス式:ln k = −(E_a/RT) + ln A は反応速度論の式。縦軸は小文字 k、傾きは −E_a/R
- 2つが似ているのは、統計力学を介して K と k が本質的につながっているから(参考)
- ルシャトリエの原理は、これらが分かる前からあった経験則
これで理論的な部分は終わりです。化学ポテンシャルは、この先の話すべての根底に流れています。 次回からの溶液論も、束一的性質も、電解質溶液も、電気化学も、「なぜそうなるのか」は全部化学ポテンシャルで説明がつきます。そのことを意識しながら読んでみてください。
次はラウールの法則とヘンリーの法則、活量と活量係数です。ここから溶液へ一気に展開していきます。
物理を、1枚の地図として頭に入れませんか
この記事の冒頭に載せたマインドマップは、物理という科目のほんの一区画です。実際には、物質の物理的性質から化学物質の分析、放射化学までが、1枚の地図としてひと続きにつながっています。
公式をバラバラに覚えようとすると物理は苦しくなりますが、「この式がどこから来て、どこにつながるのか」が地図として見えていると、覚える量そのものが減ります。細切れに暗記してきたものが、1本の線になる感覚です。
物理のマインドマップ(¥3,500)は、その全体像を1冊にまとめたPDFです。無料サンプル(分光分析法の範囲)と、地図をたどりながら話すYouTubeの講義動画があるので、この進め方が自分に合うかどうかは先に確かめられます。