
前回までで化学ポテンシャルを導入しました。これで混合物がどちらの向きに変化するかを考えられるようになったわけですが、実際に溶液の中でどう使うのか——それが今回のテーマです。
扱うのはラウールの法則、ヘンリーの法則、そして活量と活量係数 γ の3つ。ここまでの理論的な話に比べると、かなり理解しやすいはずです。そして活量のところは国試にも出ます。
この記事は、もともと解説授業の動画で話している内容を記事に起こしたものです。物理の解説授業は分光分析法の範囲をYouTubeで無料公開しているので、読むよりも動画で一気に見たい人はそちらもどうぞ。
理想溶液と実在溶液
気体のときに理想気体と実在気体を分けたのと同じことを、溶液でもやります。
| モデル | 特徴 |
|---|---|
| 理想溶液 | 分子間力が均一、分子サイズが等しい、混合熱なし |
| 実在溶液 | 分子間力が不均一、分子サイズが異なる、混合熱あり |
A と B という2つの物質があるとき、A–A、A–B、B–B の相互作用がどれも大差ない世界——それが理想溶液です。実際には A–A と A–B はまったく違うものですよね。
最初から実在溶液で考えると難しいので、まず理想溶液で組み立てて、最後に「理想からどれだけずれたか」を活量係数で補正する。この流れで進みます。
ラウールの法則
理想溶液が従う代表的な法則です。溶媒を A、溶質を B とします。
p_A = x_A · p_A*
- p_A:成分 A の蒸気分圧
- p_A*:純溶媒 A の蒸気圧(* は純物質を表します)
- x_A:溶液中の A のモル分率
言葉にすると、2成分系の理想溶液における各成分の蒸気分圧は、溶液中のそれぞれの成分のモル分率に比例する。

グラフは、横軸が A のモル分率 x_A。x_A = 1 の右端では A しかないので、p_A は純溶媒の蒸気圧 p_A* になります。x_A = 0 の左端では B しかないので、そちら側は p_B* です。
p_A も p_B もモル分率に比例するので直線になり、全圧 P = p_A + p_B もまた直線になります。
注意:試験では横軸が B のモル分率になっていることがあります。 100回 問93 は x_B、93回 問17 は x_A です。まず横軸が何かを確認する癖をつけてください。
なお実在溶液でも、分子の形状や相互作用が似ていればこの法則はよく成り立ちます。また希薄溶液では成立し、高濃度では理想性からずれます。
ラウールの法則のすごいところ
ラウールの法則を使うと、溶媒の化学ポテンシャルをモル分率で表現できます。

ビーカーの中に溶液が入っていて、その上に蒸気がある。この2つが平衡にあるということは、化学ポテンシャルが等しいということです。
μ_A(l) = μ_A(g)
気体の化学ポテンシャルは前回のとおり μ_A(g) = μ_A°(g) + RT ln(p_A / p°) と書けます。ここに p_A = x_A p_A* を代入すると、
μ_A(l) = μ_A°(g) + RT ln(x_A p_A* / p°) = μ_A°(g) + RT ln(p_A* / p°) + RT ln x_A
前2項をまとめると、それは純溶媒 A の化学ポテンシャル μ_A* そのものです。したがって
μ_A = μ_A* + RT ln x_A
蒸気圧を測れば気体の化学ポテンシャルが分かる。平衡だから液体側の化学ポテンシャルも同じ。だからそのモル分率のときの溶媒の化学ポテンシャルが分かる、という流れですね。
そして x_A は1以下なので ln x_A < 0。つまり μ_A は純溶媒のときより低くなる。だから溶質は混ざって広がっていくわけです。
ヘンリーの法則
さて、ラウールの法則を実在溶液に当てはめようとすると、疑問が出てきます。
- 溶媒 A:周りのほとんどが自分と同じ A。純物質に近い振る舞いをしそう → ラウールの法則が成り立ちそう
- 溶質 B:周りはほとんどが A ばかりで、まったく違う状況。転校生がポンと放り込まれたようなもの → ラウールの法則は当てはまらないのでは?
これを調べたのがヘンリーです。

グラフの横軸は B のモル分率 x_B です。
- x_B が 1 に近いところ(B ばかりで A がごくわずか):B が実質「溶媒」になるので、蒸気圧は p_B* に近づく。ラウールの法則に従う
- x_B が 0 に近いところ(A の中に B がほんの少し):調べてみると、意外と比例関係があった。ただし外挿した先は p_B* ではなく、まったく別の値に収束する
この別の比例定数を K′_B(ヘンリーの法則の定数) と名づけました。
p_B = K′_B · x_B
K′_B は実験値の外挿から求めます。
使い分け
実在溶液の希薄溶液では、溶媒にはラウールの法則、溶質にはヘンリーの法則。
これが結論です。理由は「溶媒は周りが自分と同じだから純物質に比例する」「溶質は周りが全然違うので、純物質との割合ではなく新しい定数が要る」。セットで覚えてください。
溶質の化学ポテンシャルも同じように書けます。モル分率で書くと μ_B = μ_B* + RT ln x_B、実務でよく使うモル濃度で書き直すと
μ_B = μ_B° + RT ln(c_B / c°)
(c° は標準モル濃度。ここは国試には出ないので、「化学ポテンシャルで表せるんだな」くらいで大丈夫です)
活量 a と活量係数 γ
ここは国試に出ます。
活量 a とは、実在溶液における理想性からのずれを補正する量です。化学ポテンシャルの式を、理想でも実在でも使える形に一般化したものだと思ってください。
μ_J = μ_J° + RT ln a_J
そして、理想の場合の量に活量係数 γ を掛けたものが活量です。
| 対象 | 活量 a_J |
|---|---|
| 気体 | γ × p_J / p° |
| 溶媒 | γ × x_J |
| 溶質 | γ × c_J / c° |
理想のときは γ = 1 で、a = x(あるいは p/p°、c/c°)に戻ります。
グラフで理解する

| 活量係数 | ずれ方 | 蒸気圧 | グラフ |
|---|---|---|---|
| γ = 1 | 理想溶液 | 理想値どおり | 直線 |
| γ < 1 | 負のずれ | 理想値より小さい | 直線より下に凸 |
| γ > 1 | 正のずれ | 理想値より大きい | 直線より上に凸 |
両端(x = 0 と x = 1)は純物質なので変わりません。だから真ん中だけがふくらむ / へこむ形になります。
なぜそうなるのか
分子間の相互作用で考えると腑に落ちます。
- γ > 1(正のずれ):A–B の相互作用が、A–A や B–B より弱い場合。結びつきが切れやすいので気体になりやすく、蒸気圧が高くなる。だから上にもっこりする
- γ < 1(負のずれ):A–B の相互作用が A–A よりも強い場合。「お前、気体になるなよ」と後ろ髪を引かれるので蒸気圧が下がる。だから下に凸になる
この理屈で覚えておけば、グラフを見て γ の大小が判断できます。
まとめ
- 理想溶液は分子間力が均一・分子サイズが等しい・混合熱なし。まず理想で組み立て、あとで活量係数で補正する
- ラウールの法則:p_A = x_A · p_A*。蒸気分圧はモル分率に比例。グラフは直線。横軸が A か B かを必ず確認
- ラウールの法則を使うと μ_A = μ_A* + RT ln x_A。ln x_A < 0 なので、溶媒の化学ポテンシャルは純溶媒より低くなる
- ヘンリーの法則:p_B = K′_B · x_B。希薄な溶質は比例するが、外挿先が p_B* ではなく K′_B になる
- 使い分け:溶媒 → ラウールの法則、溶質 → ヘンリーの法則
- 活量 a は理想性からのずれの補正量。μ_J = μ_J° + RT ln a_J。気体なら γ·p/p°、溶媒なら γ·x、溶質なら γ·c/c°
- γ = 1 で理想、γ < 1 は負のずれ(下に凸)、γ > 1 は正のずれ(上に凸)
- γ > 1 は A–B 相互作用が弱い(揮発しやすい)、γ < 1 は A–B 相互作用が強い(揮発しにくい)
ラウールの法則もヘンリーの法則も、根底に流れているのは化学ポテンシャルです。次は束一的性質:沸点上昇・凝固点降下・浸透圧。溶質を入れると溶媒の化学ポテンシャルが下がる——その結果として何が起こるかを見ていきます。
物理を、1枚の地図として頭に入れませんか
この記事の冒頭に載せたマインドマップは、物理という科目のほんの一区画です。実際には、物質の物理的性質から化学物質の分析、放射化学までが、1枚の地図としてひと続きにつながっています。
公式をバラバラに覚えようとすると物理は苦しくなりますが、「この式がどこから来て、どこにつながるのか」が地図として見えていると、覚える量そのものが減ります。細切れに暗記してきたものが、1本の線になる感覚です。
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