
今回は束一的性質です。沸点上昇、凝固点降下、浸透圧——大学受験でも扱った内容なので、ここまでの理論的な話に比べるとかなり取り組みやすいはずです。
ただし1つだけ、意識しながら読んでほしいことがあります。これらが起こる理由は、すべて「溶質を入れると溶媒の化学ポテンシャルが下がる」ことで説明できる、ということです。前回で μ_A = μ_A* + RT ln x_A という式を作りましたが、その ln x_A < 0 が、ここで具体的な現象として姿を現します。
この記事は、もともと解説授業の動画で話している内容を記事に起こしたものです。物理の解説授業は分光分析法の範囲をYouTubeで無料公開しているので、読むよりも動画で一気に見たい人はそちらもどうぞ。
Contents
束一的性質とは
希薄溶液における効果は、溶質粒子の数のみに依存し、種類には依存しない。
これが束一性です。「束一」とは全体を一つに束ねること。溶質粒子の数が、沸点上昇・凝固点降下・浸透圧のすべての原因になっていることから、この言葉が使われています。
前提となる仮定
- 溶質は不揮発性である(蒸気相に現れない)。酢酸のように蒸発してしまうものは対象外で、塩のような不揮発性のものを考えます
- 溶質は固体の溶媒に溶けない(固相に現れない)。食塩水を冷やして氷ができたとき、その氷の中に塩は入っていない、ということですね
何に使うのか
- 等張溶液の調製
- 物質の分子量測定(日本薬局方でも使われます)
凝固点降下
不揮発性物質を溶かした溶液の凝固点は、純溶媒より低くなる。
食塩水は、濃度にもよりますが水より数℃低い温度で凍ります。
正式な式は、
ΔT_f = i × K_f × m
- m:質量モル濃度(mol/kg)
- K_f:モル凝固点降下定数(溶媒固有の定数)
- i:ファントホッフ係数
質量モル濃度とは、溶媒1 kgの中に溶質が何mol入っているかです。
希薄溶液では、モル濃度で代用できる
ΔT_f = i × K_f × M(M はモル濃度 mol/L)
水1 kg ≒ 1 L なので、希薄溶液なら溶質の体積分を無視できて、質量モル濃度とモル濃度はほぼ同じ値になります。薬剤師国家試験ではこちらの式のほうがよく出ます。
ファントホッフ係数 i
i は、溶解によって溶質粒子が何倍に増えるかを表す数です。
- ブドウ糖:溶けても1粒のまま → 非電解質なので i = 1
- NaCl:Na⁺ と Cl⁻ に電離して2粒になる → i = 2
束一的性質は「粒子の数だけで決まる」のでしたね。だから電離するかどうかが効いてくるわけです。
(なお電解質のファントホッフ係数を厳密に扱うときは、解離度 α も考える必要があります)
沸点上昇
不揮発性物質を溶かした溶液の沸点は、純溶媒より高くなる。
ΔT_b = i × K_b × m
K_b はモル沸点上昇定数で、これも溶媒固有の定数です。形は凝固点降下とまったく同じですね。
この単元で一番よく出るのは、希薄溶液のときの凝固点降下の式です。
なぜ起こるのか:化学ポテンシャルで説明する

モルギブズエネルギーの回で描いた Gm–T グラフを思い出してください。P一定のとき傾きは −Sm で、エントロピーは固体 < 液体 < 気体。だから気体が一番急な右下がりで、交点が相転移点になるのでした。
ここに溶質を溶かすと何が起こるか。液体(溶媒)の化学ポテンシャルだけが下がります。 グラフで言うと、液体の線が下にずれるわけです。
凝固点降下
固体の線と液体の線の交点が、凝固点です。液体の線が下にずれると、交点は左(低温側)に移動します。
つまり、元の凝固点より低い温度まで液体でいられる。これが凝固点降下です。
沸点上昇
気体の線と液体の線の交点が、沸点です。液体の線が下にずれると、今度は交点が右(高温側)に移動します。
つまり、元の沸点より高い温度にならないと気体にならない。これが沸点上昇です。
同じ「液体の線が下にずれる」という1つの原因から、両方が同時に説明できる——ここが気持ちいいところですね。
なぜ日局では凝固点降下を使うのか
余談ですが、日本薬局方の分子量測定などでは、沸点上昇ではなく凝固点降下が使われます。理由は2つあります。
- 固体の線は傾きがゆるく、気体の線は傾きが急。同じだけ液体の線が下がっても、交点のずれ(ΔT)は凝固点側のほうが大きく出るので測りやすい
- 沸点上昇で測ろうとすると加熱が必要で、医薬品の構造が壊れてしまうおそれがある
製剤のところで「凝固点降下で測る」という問題が出たときに、「だからだったのか」と思い出せるようにしておいてください。
浸透圧

浸透とは、半透膜を隔てて、溶媒が濃度の低いほうから高いほうへ移動する現象です。半透膜は溶質を通さず、溶媒だけを通します。
最初は液面が同じでも、放っておくと溶液側に溶媒が移動して液面が上がります。この上がった液面を押し下げて元の高さに戻すのに必要な圧力——それが浸透圧 π です。
なぜ液面が上がるのか
理由はやはり化学ポテンシャルです。純溶媒より、溶質が混ざった溶液のほうが化学ポテンシャルが低い。 だから溶媒は低いほうへ行きたがります。
しかし移動すれば液面が上がり、その分の重さがかかってくる。「行きたい気持ち」と「重力」が釣り合ったところで液面が決まる、というわけですね。
ファントホッフの式
π = i × M × R × T
- M:溶液のモル濃度
- i:ファントホッフ係数
- R:気体定数、T:絶対温度
気体の PV = nRT とほぼ同じ形です。 実際、PV = nRT を変形すると P = (n/V)RT = (モル濃度)× R × T。ここに粒子の数の効果として i を掛ければ、浸透圧の式になります。
注意:平衡定数の回で出てきた「ファントホッフ式(ln K と 1/T の式)」とは別物です。 同じファントホッフさんですが、式は違います。ここは区別してください。
生体への応用
浸透圧は生体で非常に重要です。ここは数値まで覚えてください。
等張溶液
| 溶液 | 濃度 |
|---|---|
| 生理食塩液 | 0.9 w/v% NaCl水溶液 |
| ブドウ糖液 | 5.0 w/v% ブドウ糖水溶液 |
w/v% は質量体積パーセント濃度です。0.9 w/v% なら、100 mLの溶液中に0.9 gの食塩が入っている、という意味ですね。輸液などはこれらと等張にする必要があります。
高張溶液・低張溶液
| 種類 | 浸透圧 | 起こること |
|---|---|---|
| 高張溶液 | 等張より大きい | 痛み・刺激・組織障害 |
| 低張溶液 | 等張より小さい | 溶血 |
低張のほうが重要です。注射用水(ただの蒸留水)を静脈に誤注入すると、どうなるか。 細胞膜は半透膜ですから、浸透圧によって水が赤血球の中にどんどん入っていき、赤血球膜が破裂します。これが溶血です。
まとめ
- 束一的性質:希薄溶液での効果は溶質粒子の数のみに依存し、種類には依存しない。前提は「溶質は不揮発性」「溶質は固体の溶媒に溶けない」
- 凝固点降下 ΔT_f = i × K_f × m(希薄なら m の代わりにモル濃度 M でもよい)。この形が一番よく出ます
- 沸点上昇 ΔT_b = i × K_b × m
- ファントホッフ係数 i は溶質粒子の増加率。非電解質は i = 1、NaCl は i = 2
- どちらも原因は同じで、溶質を入れると液体(溶媒)の化学ポテンシャルが下がり、Gm–T グラフの液体の線が下にずれるから。固体との交点は左へ(凝固点降下)、気体との交点は右へ(沸点上昇)
- 日局で凝固点降下が使われるのは、ΔT が大きく出るのと、加熱で医薬品が壊れないため
- 浸透は半透膜を通って溶媒が低濃度側から高濃度側へ移動する現象。それを止めるのに必要な圧力が浸透圧 π
- π = i × M × R × T。PV = nRT とほぼ同じ形。平衡定数のファントホッフ式とは別物
- 等張溶液は 0.9 w/v% NaCl と 5.0 w/v% ブドウ糖。高張は痛み・組織障害、低張は溶血(注射用水の静脈誤注入で赤血球膜が破裂)
次は混合物の相図(気液平衡):温度組成図とてこの規則、分留。純物質でやった相図を、2成分系に広げていきます。
物理を、1枚の地図として頭に入れませんか
この記事の冒頭に載せたマインドマップは、物理という科目のほんの一区画です。実際には、物質の物理的性質から化学物質の分析、放射化学までが、1枚の地図としてひと続きにつながっています。
公式をバラバラに覚えようとすると物理は苦しくなりますが、「この式がどこから来て、どこにつながるのか」が地図として見えていると、覚える量そのものが減ります。細切れに暗記してきたものが、1本の線になる感覚です。
物理のマインドマップ(¥3,500)は、その全体像を1冊にまとめたPDFです。無料サンプル(分光分析法の範囲)と、地図をたどりながら話すYouTubeの講義動画があるので、この進め方が自分に合うかどうかは先に確かめられます。