
混合物の相図までで混合物の話が終わったので、ここからは電気系に入ります。まずは電解質溶液です。
やることは2つ。
- 溶液論の基礎でやった化学ポテンシャルの理論を、電解質溶液に拡張する
- その環境の中でイオンがどう動くかを見る
電解質溶液が普通の溶液と違うのは、クーロン力が働いているという一点です。そこを出発点にしていきましょう。
この記事は、もともと解説授業の動画で話している内容を記事に起こしたものです。物理の解説授業は分光分析法の範囲をYouTubeで無料公開しているので、読むよりも動画で一気に見たい人はそちらもどうぞ。
Contents
非電解質溶液との違い
| 非電解質の理想溶液 | 電解質溶液 | |
|---|---|---|
| 動き方 | 純粋な熱運動でバラバラに拡散 | 熱運動とクーロン引力の競合 |
| 相互作用 | イオン間相互作用なし | カチオンとアニオンが互いに引き合う |
この「熱運動 vs クーロン力」という綱引きが、この分野のすべての土台です。
活量係数 γ ― そして困ったこと
復習です。化学ポテンシャルは
μ_J = μ_J° + RT ln a_J、 a_J = γ × c_J / c°
γ が分かれば、理想溶液とのズレが分かり、化学ポテンシャルが分かる。 だから知りたいのは γ です。
そして電解質溶液では、一般に γ < 1 になります。
ところが γ は測れない
NaCl は溶けると Na⁺ と Cl⁻ に電離します。だったら γ₊ と γ₋ をそれぞれ求めて統合すればいい——そう思いますよね。
ところが、Na⁺ だけ、Cl⁻ だけを取り出すことはできません。 常に一緒に存在するので、個別には測れないのです。
そこで:平均活量係数 γ±
個別に測れないなら、まとめて扱おうというのが平均活量係数です。
γ± = √(γ₊ · γ₋)
(これは MX 型の塩、つまり電荷が1のときの形です)
γ₊ と γ₋ の掛け算の部分さえ分かればいい、というところまで問題を絞り込めました。では、それをどう求めるのか。デバイ・ヒュッケルの理論の出番です。
イオン雰囲気
ここは国試には出ませんが、次のデバイ・ヒュッケルの極限則につながるので、状況だけふわっと掴んでおいてください。
イオン雰囲気とは、
- プラスイオンの周りにマイナスイオンが集まりたがる雰囲気
- マイナスイオンの周りにプラスイオンが集まりたがる雰囲気
これは、熱運動(拡散しようとする力)とクーロン引力(近づこうとする力)のバランスでできています。
そして大事なのは、この状態がイオンにとって「居心地のよい」状態だということ。理想溶液よりエネルギー的に安定なので、化学ポテンシャル μ は低くなります。γ < 1 になるのは、これが理由ですね。
イオン強度 I
「どれくらい居心地がよいのか」を定量化したものがイオン強度です。
I = (1/2) Σ (c_i · z_i²)
式は難しそうに見えますが、言っていることは単純です。
- c:そのイオンの濃度
- z:そのイオンの電荷。これを2乗する
- 陽イオン・陰イオンそれぞれで c × z² を計算して足し合わせ、2で割る
計算例:0.1 mol/L の KCl

K⁺ は 0.1 mol/L、電荷 +1。Cl⁻ は 0.1 mol/L、電荷 −1。
I = (1/2)[(0.1 × 1²) + (0.1 × (−1)²)] = (1/2)(0.1 + 0.1) = 0.1
電荷を2乗するので符号は関係なくなる、というのがポイントです。
イオン強度は、溶液中のイオンの「電気的な強さ」の指標です。多種・多価のイオンが混在していても、これ1つで一括して評価できます。
デバイ・ヒュッケルの極限則
log γ± = −A |z₊ z₋| √I
この式自体を覚えていなくても国試は戦えます。 大事なのは、つながりのほうです。
イオン強度 I が分かる → 平均活量係数 γ± が分かる → 化学ポテンシャル μ が分かる → 電解質溶液の振る舞いが分かる
そしてもう1点。イオン強度が高いほど、γ± は 1 から大きくずれる(1より小さくなる)。 √I が入っているので、濃くなるほど理想からずれていく、というわけですね。
モル伝導率と濃度依存性
ここからは、その環境の中でイオンがどう動くかです。電圧をかけたときの動き方や速度を測ると、イオンの半径やどれくらい水和しているかが見えてきます。
用語
- 電気伝導率 κ:電解質溶液の電気の通りやすさ
- モル伝導率 Λ_m = κ / c(c はモル濃度)
κ をモル濃度で割っただけ、ですね。

このグラフが説明できれば、この節は大丈夫です。 縦軸がモル伝導率 Λ_m、横軸が √c です。ここが非常に大事なので、必ず確認してください。
強電解質の場合
Λ_m = Λ_m° − a√c
√c に対して直線になります(HCl や NaOH の線)。係数 a は気にしなくて構いません。√c に比例して下がる、ここだけ押さえてください。
Λ_m°(極限モル伝導率) は切片、つまり濃度を限りなく薄くしたときのモル伝導率です。極限まで薄めればイオン間相互作用がないとみなせるので、そのときの値ということですね。
濃度が上がると下がるのは、イオンどうしが引き合って邪魔をするからです。
コールラウシュの独立移動の法則
Λ_m° = λ₊ + λ₋
λ₊、λ₋ はそれぞれ陽イオン・陰イオンの極限モル伝導率です。極限まで薄いので、プラスとマイナスが引っ張り合うことがなく、独立に動く——だから単純な足し算になる、というわけですね。
弱電解質の場合
酢酸(CH₃COOH)の線は、強電解質とはまったく違う形になります。
弱電解質では、解離度 α が濃度によって変化するのが理由です。
大学受験で習った α = √(K/c) の形を思い出してください。濃度 c が上がると α は下がる。電荷を運んでくれるのは解離したイオンですから、濃度が上がるとモル伝導率がガクッと落ちることになります。
逆に言えば、希釈するほど解離度が増加し、モル伝導率が大きく増加する。これが弱電解質の特徴です。
イオン移動度 ― 原則
電場 E をかけると、イオンは速さ s で移動します(s = u·E、u がイオン移動度)。
感覚的に考えれば分かる話です。
- 電荷が大きいほど、引っ張られる力が強いので移動しやすい
- 半径が小さいほど、溶液中を進みやすいので移動しやすい(粘度が効いてくる)
イオン移動度 ― 「嘘つきじゃないか」問題

アルカリ金属で考えてみましょう。「リッチな彼女ルビーをせしめフランス」——Li、Na、K、Rb、Cs、Fr ですね。同じ1族なので電荷は同じ +1 です。
イオン半径は周期表の上にあるほど小さいので、Li⁺ が一番速いはずです。ところが実験すると、
Li⁺ が一番遅く、Na⁺、K⁺ の順に速くなる。
矛盾しているように見えますが、そうではありません。ここで言う半径は「流体力学的半径」だからです。
分子間相互作用のところでやったイオン–双極子相互作用を思い出してください。イオンが小さいほど水和しやすい。 つまり Li⁺ は分厚い水の衣をまとって移動することになり、水和した状態での半径(流体力学的半径)は一番大きくなるのです。だから遅い。
「イオン半径ではなく水和イオン半径で考える」——ここまでセットで覚えてください。
例外:H⁺ と OH⁻ が異常に速い理由

H⁺ や OH⁻ は、水中で他のイオンより異常に速く移動します。
理由は、プロトン自身が端から端まで移動しているわけではないから。水素結合のネットワークを介して、プロトンが次々にバトンタッチされているのです。
図で追うとこうなります。
- H⁺ が近づいてきて、水分子の酸素の孤立電子対と結合をつくる
- その水分子は全体としてプラスに帯電する
- すると、隣の水分子と水素結合していたそのプロトンを、隣が「電子を返せ」と引き取る
- 隣の水分子がまたプラスに帯電し、同じことが繰り返される
実際に動いたのは各段階でほんのわずかな距離なのに、端にあったはずの H⁺ が、一瞬で反対側に現れたように見える。これがグロッタス機構(プロトンジャンプ機構)です。どちらの名前も同じものを指します。
まとめ
- 電解質溶液は熱運動とクーロン引力が競合している。非電解質の理想溶液との違いはここ
- γ が分かれば化学ポテンシャルが分かる。電解質溶液では一般に γ < 1
- Na⁺ だけ・Cl⁻ だけは取り出せないので、平均活量係数 γ± = √(γ₊ γ₋) としてまとめて扱う
- イオン雰囲気:プラスの周りにマイナスが集まる雰囲気。理想溶液より安定なので μ は低くなる
- イオン強度 I = (1/2)Σ(c_i z_i²)。濃度 × 電荷の2乗を足して2で割る。0.1 mol/L KCl なら I = 0.1
- デバイ・ヒュッケルの極限則 log γ± = −A|z₊z₋|√I。I が高いほど γ± は1から大きくずれる
- モル伝導率 Λ_m = κ / c。グラフは縦軸 Λ_m・横軸 √c
- 強電解質:Λ_m = Λ_m° − a√c で直線。切片が極限モル伝導率 Λ_m°
- コールラウシュの独立移動の法則:Λ_m° = λ₊ + λ₋
- 弱電解質は解離度 α が濃度依存。希釈するほど解離度が増え、モル伝導率が大きく増加する
- イオン移動度は電荷が大きいほど・流体力学的半径が小さいほど大きい。Li⁺ は水和が厚いので一番遅い
- H⁺ と OH⁻ は例外的に速い。理由はグロッタス機構(プロトンジャンプ機構)
次は電気化学:ダニエル電池・濃淡電池と標準電極電位。熱力学クラスターの最後です。
物理を、1枚の地図として頭に入れませんか
この記事の冒頭に載せたマインドマップは、物理という科目のほんの一区画です。実際には、物質の物理的性質から化学物質の分析、放射化学までが、1枚の地図としてひと続きにつながっています。
公式をバラバラに覚えようとすると物理は苦しくなりますが、「この式がどこから来て、どこにつながるのか」が地図として見えていると、覚える量そのものが減ります。細切れに暗記してきたものが、1本の線になる感覚です。
物理のマインドマップ(¥3,500)は、その全体像を1冊にまとめたPDFです。無料サンプル(分光分析法の範囲)と、地図をたどりながら話すYouTubeの講義動画があるので、この進め方が自分に合うかどうかは先に確かめられます。