
前回でギブズエネルギーを手に入れました。今回はそれを使って、なぜ氷は水になり、水は水蒸気になるのか——純物質の相変化を説明しにいきます。
この記事の流れはこうです。
- dG = VdP − SdT という中心の式を作る
- T一定のとき、P一定のときに分けて、グラフの傾きの意味を読む
- そのグラフから、純物質の状態図(相図)を理解する
- クラペイロン式・クラウジウス–クラペイロン式で、相図の境界線の傾きを式にする
- ギブズの相律で、状態図の各領域・各線上の自由度を数える
熱力学の中でも、ここと次回が一番きつい山です。導出は覚えなくて構いませんが、式そのものとグラフの意味は必ず押さえてください。
この記事は、もともと解説授業の動画で話している内容を記事に起こしたものです。物理の解説授業は分光分析法の範囲をYouTubeで無料公開しているので、読むよりも動画で一気に見たい人はそちらもどうぞ。
Contents
dG = VdP − SdT
出発点は前回の G = H − TS です。ここから微小変化を考えます。
G + dG = H + dH − (T + dT)(S + dS) を展開して、dT·dS のような「小さいもの同士の掛け算」を無視すると、
dG = dH − S dT − T dS
次に H = U + PV について同じことをすると、
dH = dU + V dP + P dV
これを代入し、さらに dU = TdS − PdV(第一法則とエントロピーの定義から)を使うと、TdS と PdV がきれいに消えて、
dG = V dP − S dT
この式は必ず覚えてください。導出は「一度聞いておけばいい」レベルで大丈夫です。
「T, P 一定じゃなかったの?」への答え
鋭い人ほど引っかかるところです。ギブズエネルギーは T, P 一定という条件で導入したのに、なぜ dP や dT を動かしていいのか。
これは、「1 bar・25℃で実験したときのグラフはこうなりました」「1 bar・28℃ならこうなりました」と、条件を変えて実験し直したものを並べている、と考えてください。それぞれの実験の中では T も P も一定です。だから前回の比例関係は崩れていません。
T一定のとき:dG = VdP
変数が P と T の2つあると2次元のグラフに描けないので、片方ずつ固定します。
T一定なら dT = 0 なので、
dG = V dP → dG/dP = V
つまり、Gm–P グラフの傾きはモル体積 Vm です。

物質の状態ごとに傾きを比べてみましょう(水は例外なので、ここではドライアイス=二酸化炭素で考えてください)。
- 固体:鉄をぎゅっと圧縮してもほとんど縮まないように、Vm は圧力によってあまり変わらない → 傾きが小さいほぼ直線
- 液体:固体より少し圧縮しやすい。一般に Vm(液体) > Vm(固体) → 固体より傾きが大きい直線
- 気体:Vm = RT/P なので、傾きが 1/P に比例して変化する曲線。圧力が小さいときは傾きが大きく、大きいときは傾きが小さい
グラフから相変化を読む
ある圧力のとき、Gm が一番低い状態がその物質の安定な状態です。グラフの一番下をなぞっていくと、
圧力が低いほうから、気体 → 液体 → 固体
の順に安定な状態が移っていきます。二酸化炭素なら「気体のCO₂ → 液体のCO₂ → ドライアイス」ですね。圧力を上げていくと、より詰まった状態のほうが Gm が低くなる、というわけです。
水が例外である理由

水は Vm(固体) > Vm(液体) です。氷のほうが水より体積が大きい。傾きは Vm ですから、固体のほうが傾きが急になり、グラフの形が変わります。
結果として水では、圧力が小さいときは氷、圧力を上げていくと水になる。スケートの刃で氷が溶けるあの話です。数少ない例外として、水がここに当てはまります。
P一定のとき:dG = −SdT
P一定なら dP = 0 なので、
dG = −S dT → dG/dT = −S
Gm–T グラフの傾きは −Sm(モルエントロピーにマイナスをつけたもの) です。

エントロピーは 固体 < 液体 < 気体 の順に大きくなります。マイナスがつくので、気体が一番急な右下がり、固体が一番ゆるやかな右下がりになります。
一番下をなぞると、温度が低いほうから 固体 → 液体 → 気体。氷を温めると水になり、さらに温めると水蒸気になる、というあの変化がそのまま読み取れますね。
昇華が起こる理由

気体の直線の位置が左にずれて、液体の線が一度も最下部に現れない場合があります。すると、固体からいきなり気体へ移ることになる。
これが昇華です。ドライアイスが液体を経ずに気体になるのは、このグラフの形だから、というわけですね。
クラペイロン式とクラウジウス–クラペイロン式
Gm–P、Gm–T の2つのグラフで相変化は分かりました。ではP と T を両方動かしたらどうなるのか。それを扱ったのがクラペイロンとクラウジウスです。
押さえるべきことは1つだけです。クラペイロン式・クラウジウス–クラペイロン式は、相図の境界線の傾きを数式で表したもの。

クラペイロン式
dP/dT = Δ_trs H(T) / (T · Δ_trs V)
導出のイメージだけ書いておくと、相1と相2が平衡にあるとき Gm(1) = Gm(2) です。両方を微小変化させて dG = VdP − SdT を使い、引き算すると
Δ_trs V · dP = Δ_trs S · dT
ここに Δ_trs S = Δ_trs H / T_trs を入れれば上の式になります。導出は出ません。
この式で相図の曲線の傾きが分かります。たとえば水の融解曲線なら、Δ_fus H > 0、Δ_fus V < 0(氷のほうが体積が大きいので、融けると体積が減る)なので、傾きは負。水の相図で融解曲線が左に倒れている理由が、これで説明できます。
なお、Δ_trs H と Δ_trs V を一定とみなせる範囲でしか使えないので、T と P が限られた範囲でのみ有効です。
クラウジウス–クラペイロン式
クラペイロン式に近似を入れて、液体–蒸気の境界で使いやすくしたものです。
何を近似したか。水が水蒸気になると体積は1000倍近くになりますよね。だったら Δ_vap V ≈ Vm(気体) としてしまっていい、というわけです。さらに蒸気を理想気体とみなすと、
d(ln P) = Δ_vap H / (R T²) · dT
積分した形で書くと、
ln P = −(Δ_vap H / R) · (1/T) + C

ln P を 1/T に対してプロットすると直線になる。 だから、ある温度の蒸気圧が1点分かっていれば、Δ_vap H を使って別の温度の蒸気圧を計算できるわけですね。
苦手な人は「相図の傾きを表す式」「クラウジウス–クラペイロン式はクラペイロン式を気体の体積で近似したもの」——この2点だけでも覚えておいてください。それだけで削れる選択肢が確実にあります。
純物質の状態図(相図)

ここは用語が命です。横軸が温度 T、縦軸が圧力 P。
- 温度が低く圧力が高い左上が固体
- 温度が高く圧力が低い右下が気体
- 残りが液体
3本の曲線それぞれに名前がついています。
| 境界 | 曲線の名前 | 補足 |
|---|---|---|
| 固体–液体 | 融解曲線 | 融解温度(= 凝固温度) |
| 固体–気体 | 昇華曲線 | フリーズドライはここを利用する |
| 気体–液体 | 蒸気圧曲線 | 1 atm のときの沸騰温度が通常沸点 |
そして3本が1点で交わるところが三重点。固体・液体・気体が平衡状態で共存する点です。
臨界点と超臨界流体
蒸気圧曲線をたどっていくと臨界点で終わります。
密閉容器の中の液体を加熱すると、蒸気は逃げられないので蒸気圧が上がっていきます。やがて蒸気の密度と液体の密度が等しくなり、気–液の界面が消失します。このときの温度が臨界温度、圧力が臨界圧力です。
臨界温度以上では、いくら加圧しても液体はできません。 そして臨界点を超えた領域にある物質が超臨界流体で、気体のように粘度が小さく浸透しやすく、液体のように物を溶かす性質をもちます。超臨界流体クロマトグラフィーやカフェインの抽出に使われています。
水の状態図

一般的な物質では融解曲線が右に倒れますが、水は左に倒れます。理由はさきほどのとおり、Vm(氷) > Vm(水) だからです。圧力を上げると固体から液体になる、という挙動がここに現れています。
ギブズの相律

最後に、状態図を別の角度から見ます。その領域や線の上で、自由に変えられる変数はいくつあるかを数えるのがギブズの相律です。
F = C − P + 2
- F:自由度。平衡にある相の数を変えずに、独立に変えられる変数(P, T, 組成など)の数
- C:成分の数(コンポーネントのC)
- P:相の数(フェーズのP)
覚え方:「自由は清掃にあり」
自由(F)は 清(C、成分)掃(P、相)にあり(+2)。
部屋がぐちゃぐちゃだと動き回りにくいけれど、清掃すれば自由に動き回れる——そんなイメージで覚えてください。
実際に数えてみる
純物質なので C = 1 です。
| 場所 | 相の数 P | F = 1 − P + 2 | 意味 |
|---|---|---|---|
| 固体だけの領域 | 1 | 2 | T も P も自由に変えられる |
| 境界線上(固体と気体が共存など) | 2 | 1 | 温度を決めると圧力が自動的に決まる |
| 三重点 | 3 | 0 | 何も変えられない。1点に決まる |
境界線上が F = 1 になるのは、その線がクラペイロン式で決まる関数だからです。y = x + 1 に x を入れれば y が決まるのと同じで、T を決めれば P が決まってしまう。
三重点は、2本の曲線が交われば1点に決まってしまうのと同じ理屈で、自由度0です。
なお相律は2成分系(溶液など)でも使います。混合物の相図に進んだときに、「純物質のところで簡単なほうをやったな」と思い出してください。
まとめ
- 中心の式は dG = VdP − SdT(導出は不要、式は必須)
- T一定 → dG = VdP。Gm–P グラフの傾きは Vm。圧力を上げると 気体 → 液体 → 固体 の順に安定
- 水は例外:Vm(氷) > Vm(水) なので傾きの大小が逆転し、加圧すると固体 → 液体になる
- P一定 → dG = −SdT。Gm–T グラフの傾きは −Sm。温度を上げると 固体 → 液体 → 気体 の順に安定。液体が最下部に出てこない物質では昇華が起こる
- クラペイロン式 dP/dT = Δ_trs H / (T·Δ_trs V) は相図の境界線の傾きを表す
- クラウジウス–クラペイロン式はそれを Δ_vap V ≈ Vm(気体) で近似したもの。ln P と 1/T が直線関係になり、1点の蒸気圧から別の温度の蒸気圧が計算できる
- 状態図の曲線は融解曲線・昇華曲線・蒸気圧曲線。3本が交わる三重点で三相が共存。蒸気圧曲線の終点が臨界点で、その先が超臨界流体
- ギブズの相律 F = C − P + 2。覚え方は「自由は清掃にあり」。純物質なら領域内 F=2、境界線上 F=1、三重点 F=0
熱力学が一番組み上がってきて難しくなる山場です。次は部分モル量と化学ポテンシャルの基礎。ここまでが「化学ポテンシャルへの道」の第1章のラスボスで、ここさえ越えれば、あとは溶液へ一気に展開していきます。
物理を、1枚の地図として頭に入れませんか
この記事の冒頭に載せたマインドマップは、物理という科目のほんの一区画です。実際には、物質の物理的性質から化学物質の分析、放射化学までが、1枚の地図としてひと続きにつながっています。
公式をバラバラに覚えようとすると物理は苦しくなりますが、「この式がどこから来て、どこにつながるのか」が地図として見えていると、覚える量そのものが減ります。細切れに暗記してきたものが、1本の線になる感覚です。
物理のマインドマップ(¥3,500)は、その全体像を1冊にまとめたPDFです。無料サンプル(分光分析法の範囲)と、地図をたどりながら話すYouTubeの講義動画があるので、この進め方が自分に合うかどうかは先に確かめられます。