
熱力学の全体像で話したとおり、熱力学は一番理想化しやすいところから積み上げていきます。その一段目が気体です。
この単元は、右側と左側の2つに分けて見てください。
- マクロな世界:圧力・体積・温度など、全体として観測できる量で気体を扱う。理想気体の状態方程式、ファンデルワールスの状態方程式
- ミクロな世界:それがなぜそうなるのかを、分子や粒子のレベルで考える。気体分子運動論、マクスウェルの速さの分布、ボルツマン分布
経験則としてマクロに分かってきたことを、あとからミクロに説明しにいった——この順序で読むと、話が素直に入ってきます。
この記事は、もともと解説授業の動画で話している内容を記事に起こしたものです。物理の解説授業は分光分析法の範囲をYouTubeで無料公開しているので、読むよりも動画で一気に見たい人はそちらもどうぞ。
Contents
理想気体の状態方程式
高校で習った PV = nRT です。これが成り立つ「理想気体」は、次の2つを仮定しています。
- 気体分子の体積を0と仮定する
- 気体分子どうしに分子間相互作用はないと仮定する
現実にはありえない仮定ですが、こう置くと理論的な取り扱いが一気に簡単になります。
この式は、実験で分かってきた3つの法則を統合したものです。
| 法則 | 条件 | 内容 |
|---|---|---|
| ボイルの法則 | T一定 | P × V = 一定 |
| シャルルの法則 | P一定 | V = 比例定数 × T |
| アボガドロの原理 | P, T一定 | V = 比例定数 × n |
ドルトンの分圧の法則
もうひとつ押さえておきたいのがドルトンの分圧の法則です。
一定温度において、混合気体の全圧は、それぞれの気体の分圧の和に等しい。
大気圧が1 atm だとすると、これは酸素の分圧 + 窒素の分圧 + 二酸化炭素の分圧 + アルゴンの分圧……を全部足したもの、ということですね。
実在気体とファンデルワールスの状態方程式
実在の気体は、理想気体の仮定を2つとも裏切ります。
- ① 気体分子には大きさがあり、その体積を無視できない
- ② 気体分子どうしには分子間相互作用が働く
そこで PV = nRT に、分子の大きさと分子間相互作用ぶんの補正項を入れた式がファンデルワールスの状態方程式です。ここで補正しているのが、ファンデルワールス相互作用そのものです。
国試対策としては、名前だけ覚えておけば十分です。 式そのものを書かせる問題は出ません。「理想気体の状態方程式を、体積と相互作用で補正したもの」という位置づけだけ押さえてください。
気体分子運動論
ここからミクロの話です。気体を、たくさんの小さな粒が飛び回っている集団として捉えたのが気体分子運動論です。ここでも理想気体を仮定します。
- 分子間力は働かない
- 分子は質量をもつが、体積は無視する
- 分子の衝突は完全弾性衝突
完全弾性衝突というのは、台の上からスーパーボールを落としたら、エネルギーのロスなく元の高さまで戻ってくる——そういうイメージです。
何がすごいのか
容器の中を分子が速度ベクトル v で飛んでいるとします。壁にぶつかると、完全弾性衝突なので壁に垂直な成分だけが符号を変えて跳ね返ります。このとき分子は壁に力を与えていますね。その分子が無数にあって、ポンポン当たり続けている総和が「圧力」の正体です。
力 = 圧力 × 面積 の関係を使って計算していくと、
PV = (1/3) N m v̄²
という式が出てきます(v̄² は速さの2乗の平均)。この式を覚える必要はありません。 大事なのは、マクロな量だった P や V や T が、分子の運動という力学的なモデルから導けてしまった、という事実のほうです。
そして運動エネルギーは (1/2)mv² と書けるので、温度も分子の速さで表せることになります。マクロな状態で「温度」と呼んでいたものは、分子の運動が作り出しているものだった、というわけですね。
マクスウェルの気体分子の速さの分布
気体分子運動論では、分子の速さを平均化して扱っていました。でも実際には、分子はいろいろな速さで動いているはずです。そこを統計的に扱ったのがマクスウェルの速さの分布です。

分布の性質は2つだけ押さえれば大丈夫です。
- 非常に遅い分子と非常に速い分子は少なく、中くらいの速さの分子が一番多い(ピークができる)
- 条件が変わるとピークがつぶれて分布が広がる
分布が広がる(=速い分子の割合が増える)のは、次の2つの場合です。
| 条件 | 分布 | 理由 |
|---|---|---|
| 温度が上がる | 広がる・速い分子が増える | エネルギーが大きくなるため |
| モル質量が小さい | 広がる・速い分子が増える | エネルギー (1/2)mv² が同じなら、m が小さいほど v が大きい |
モル質量のほうは、(1/2)mv² を見れば納得できます。m が大きければ v は小さく、m が小さければ v は大きい。 だからモル質量が大きい気体は遅い分子が多く、小さい気体は速い分子が多くなります。
エネルギーの量子化とボルツマン分布
ここからが、難しい問題が出るとしたら出るところです。
まず、気体分子の運動エネルギーは大きく3つに分けられます。
- 並進運動のエネルギー(空間を移動する)
- 回転運動のエネルギー(くるくる回る)
- 振動運動のエネルギー(原子間の結合をバネと考えたときの伸び縮み)
ボルツマンは、分子がこれらのエネルギー状態をどう占めるかを考えました。そして、分子がとれるエネルギーは連続ではなく、とびとびの値しか取れないことが分かります。これが分子運動の量子化で、そのとびとびの段のことをエネルギー準位と呼びます。
なめらかなスロープではなく、階段状になっている——このイメージを持ってください。原子のまわりの電子殻(K殻、L殻、M殻)が決まったところから埋まっていくのと同じ発想です。

図の細い横線1本1本が、使えるエネルギー準位です。線と線のあいだの値は取れません。そして、
- 低温のときは、エネルギー準位の低いところが占有されている
- 温度を上げると、高いエネルギー準位を占める分子の割合が増えていく
国試レベルでは、「分子が取れるエネルギーには準位があり、エネルギーは量子化されている」「温度を上げると高エネルギー状態の分子が増える」——このイメージが持てていれば大丈夫です。
ボルツマン分布と活性化エネルギー
薬学でこの話をどう使うのか。活性化エネルギーとの関係です。

薬の分野で扱うのはほぼ並進運動で、その準位の段差はものすごく小さいものです。1段が0.1 mmの階段なら、それはもう実質スロープですよね。だから薬学の文脈では、なめらかな連続分布として描いてしまいます。
そのうえで図を見てください。
- 低温では、活性化エネルギー E_a を超える分子が少ない
- 高温では、E_a を超える分子が多い
- E_a 以上のエネルギーをもった分子が反応する
だから高温のほうが反応が速くなる。ボルツマン分布から反応速度論までが、この1枚でつながります。
まとめ
- 気体の話はマクロ(状態方程式)→ ミクロ(分子運動)の順に展開する
- 理想気体の仮定は「分子の体積は0」「分子間相互作用なし」。PV = nRT はボイル・シャルル・アボガドロを統合したもの
- ドルトンの分圧の法則:混合気体の全圧 = 各気体の分圧の和
- 実在気体は「分子に体積がある」「分子間相互作用が働く」。これを補正したのがファンデルワールスの状態方程式(名前だけでOK)
- 気体分子運動論は、理想気体・完全弾性衝突を仮定して PV = (1/3)Nmv̄² を導く。温度の正体は分子の運動
- マクスウェルの速さの分布は、温度が高いほど・モル質量が小さいほど広がり、速い分子の割合が増える
- 分子のエネルギーは量子化されていて、温度を上げると高い準位の占有率が上がる(ボルツマン分布)
- 並進運動の準位差は非常に小さいので薬学では連続とみなし、活性化エネルギーを超える分子の割合の話につなげる
気体の話は、熱力学にも反応速度論にもつながる入口です。この流れを持っておくと、次からの内部エネルギー・仕事・熱の話が理解しやすくなります。
次は熱力学第一法則の基本用語:系の分類・状態関数と経路関数です。
物理を、1枚の地図として頭に入れませんか
この記事の冒頭に載せたマインドマップは、物理という科目のほんの一区画です。実際には、物質の物理的性質から化学物質の分析、放射化学までが、1枚の地図としてひと続きにつながっています。
公式をバラバラに覚えようとすると物理は苦しくなりますが、「この式がどこから来て、どこにつながるのか」が地図として見えていると、覚える量そのものが減ります。細切れに暗記してきたものが、1本の線になる感覚です。
物理のマインドマップ(¥3,500)は、その全体像を1冊にまとめたPDFです。無料サンプル(分光分析法の範囲)と、地図をたどりながら話すYouTubeの講義動画があるので、この進め方が自分に合うかどうかは先に確かめられます。