
分子サイズも脂溶性も条件を満たしているのに、Fickの法則の予想通りに膜を通らない薬があります。
犯人はpHです。同じ薬でも、置かれた環境のpHによって膜の通りやすさが変わってしまう。それを説明するのがpH分配仮説です。
この記事は、もともと解説授業の動画で話している内容を記事に起こしたものです。読むより耳から流し込みたい人は、解説授業のページに無料のサンプル動画があるので、先に雰囲気を確かめてみてください。
pH分配仮説:分子形しか膜を通れない

pH分配仮説の中身は、たった一文です。
イオン形は脂質二重膜を透過できない。したがって「イオン形 ⇄ 分子形」の比率によって分配性が決まる。
脂質二重膜は油の膜です。電荷を帯びたイオン形は、この油の膜を通り抜けられません。通れるのは電荷を持たない分子形だけです。
ところが薬の多くは弱酸または弱塩基なので、水中では分子形とイオン形が平衡状態で共存しています。そしてこの平衡は、周囲のpHで左右に動きます。
つまり、pHが変わる → 分子形の割合が変わる → 膜の通りやすさが変わる、という連鎖が起きるわけです。
酸性薬物で考えてみる
酸性薬物は、水中で次の平衡状態にあります。
HA ⇄ H⁺ + A⁻
左のHAが分子形、右のA⁻がイオン形です。
ここで周囲のpHが下がったとしましょう。pHが下がるということは、水素イオン(H⁺)が増えるということです。右側にH⁺が増えれば、平衡は左に動きます。
平衡が左に動く = 分子形が増える = 膜を通りやすくなる、という流れです。
酸性薬物は酸性環境で吸収されやすい、と結論だけ覚えている人も多いと思いますが、理由はこの平衡の移動にあります。
塩基性薬物では逆になる
塩基性薬物の平衡は次の形です。
BH⁺ + H₂O ⇄ B + H₃O⁺
こちらはBH⁺がイオン形、Bが分子形です。酸性薬物とは分子形の位置が逆になっている点に注意してください。
pHが上がる(H⁺が減る)と平衡は右に動き、分子形のBが増えます。つまり塩基性薬物は塩基性環境で吸収されやすい、ということになります。
ヘンダーソン・ハッセルバルヒ式

「分子形が増える」「イオン形が増える」を定性的に理解したら、次はどれくらいの割合なのかを出せるようにします。そのための式がヘンダーソン・ハッセルバルヒ式です。
酸性薬物の場合
pH = pKa + log(イオン形 / 分子形)
塩基性薬物の場合
pH = pKa + log(分子形 / イオン形)
この式は導出することもできますが、覚えてしまったほうが速い部類の式です。動画でもそう説明しています。ただし酸性と塩基性で分数の上下が入れ替わる点だけは、確実に区別しておいてください。
グラフで見ると関係がはっきりします。上の図のように、pH = pKa のとき分子形分率はちょうど50%になります。そこを境に、酸性薬物は右下がり、塩基性薬物は右上がりの曲線を描きます。
pKaが違うと吸収はどう変わるか
同じ酸性薬物でも、pKaの値が違えば同じpH環境での分子形分率は変わります。
上の図の下段を見てください。小腸のpHが6だとすると、薬Aは分子形分率が約20%、薬Bは約90%です。分子形が多い薬Bのほうが吸収されやすいということになります。
塩基性薬物も同じ考え方です。pH8の環境では薬アが約70%、薬イが約10%で、薬アのほうが吸収されやすくなります。
国試では「この2つの薬のうち、どちらが吸収されやすいか」という形で問われます。pKaと環境のpHを比べて、分子形がどちら側に多いかを判断する、という手順で解けます。
局所的にpHが違う場所がある

もう一つ押さえておきたいのが、微小pH環境です。
消化管の内容物全体のpHと、粘膜のすぐ表面のpHは必ずしも同じではありません。小腸の上皮細胞の表面には、周囲よりpHが低い(酸性寄りの)層が存在します。
この層があると、その場所での分子形分率は内容物全体から予想される値とは異なってきます。酸性薬物であれば、pHが低い分だけ分子形の割合が高くなり、吸収されやすくなる方向に働きます。
まとめ
- pH分配仮説 = イオン形は脂質二重膜を通れない。分子形だけが通る
- 酸性薬物(HA ⇄ H⁺ + A⁻)は酸性環境で分子形が増え、吸収されやすい
- 塩基性薬物(BH⁺ + H₂O ⇄ B + H₃O⁺)は塩基性環境で分子形が増え、吸収されやすい
- ヘンダーソン・ハッセルバルヒ式は、酸性が log(イオン形/分子形)、塩基性が log(分子形/イオン形)
- pH = pKa のとき分子形分率は50%
- 小腸上皮の表面には、周囲より酸性の微小pH環境が存在する
Fickの法則そのものについてはFickの法則と膜透過の影響因子、生体膜透過の全体像は生体膜透過の3つのルートをご覧ください。薬物動態(ADME)とのつながりは薬物動態(ADME)まとめで確認できます。
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