国民医療費の動向で見たとおり、医療費は増え続けています。その一方で新しい治療法は次々に出てきます。そうなると「この治療、本当に公的医療の対象にするだけの価値があるのか」を判断しなければなりません。その判断の道具が、この記事で扱う薬物療法の経済評価手法です。
似たような名前の分析が4つ並ぶうえに、ICER・QALYといった略語も出てきます。ゴール(=分析結果をどう出すか)から逆算して学ぶのが、この単元を最短で理解するコツです。この記事もその順番で進めます。

この記事は、もともと解説授業の動画で話している内容を記事に起こしたものです。読むより耳から流し込みたい人は、解説授業のページに無料のサンプル動画があるので、先に雰囲気を確かめてみてください。
Contents
なぜ経済評価が必要なのか
少子高齢化で医療保険制度の財政がひっ迫しているため、「この治療を公的医療の対象とするかどうか」を判断する必要がある、というのが出発点です。ここを押さえておくと、以降の話が「誰が、何のために計算しているのか」とセットで頭に入ります。
ゴール:ICER(増分費用効果比)
ICERは Incremental Cost-Effectiveness Ratio の略で、日本語では増分費用効果比です。
ICER = 増分費用 ÷ 増分効果
= (新薬の費用 − 既存薬の費用) ÷ (新薬の効果 − 既存薬の効果)
言葉で言えば「効果を1単位増やすのに、いくら追加で払うことになるのか」です。

図の読み方を順番に追っていきましょう。縦軸が費用、横軸が効果で、真ん中に既存薬を置きます。
- 右下のエリア(優位):既存薬より効果が高く、費用も安い。図の新薬Dがここ。迷う余地なく採用です
- 左上のエリア(劣位):既存薬より効果が低いのに、費用は高い。図の新薬Bがここ。これも計算するまでもなく不採用です
- 右上のエリア:既存薬より効果は高いが、費用も高い。図の新薬Aと新薬Cがここ。判断に迷うのはここだけで、ICERが意味を持つのもここです
右上に入った薬をどう判断するかというと、あらかじめ閾値(この傾きまでなら許容する、という基準線)を決めておき、それと比べます。
| ICERと閾値の関係 | 判断 |
|---|---|
| ICER < 閾値(傾きがゆるやか) | 採用 |
| ICER > 閾値(傾きが急) | 不採用 |
図では、新薬Cは閾値より傾きがゆるやかなので採用、新薬Aは閾値より傾きが急なので不採用、という結論になります。「ICERは小さいほど良い」という向きだけは間違えないようにしてください。
分析方法は4種類:違いは「横軸に何を置くか」だけ
4つの分析はどれも縦軸が費用です。違うのは横軸だけなので、そこで覚えてしまいましょう。
| 分析方法 | 横軸(効果の測り方) |
|---|---|
| 費用効果分析 | 健康指標(QALY以外)。生存期間、無症状期間など |
| 費用効用分析 | QALY(質調整生存年) |
| 費用最小化分析 | 費用(お金)。※効果が同じであることが前提 |
| 費用便益分析 | お金に換算した健康状態 |
費用効果分析

横軸に、血糖値のような健康指標や、生存期間・無症状期間といったそのまま測れる効果を置きます。
費用効用分析

横軸がQALY。4つの中で最もよく使われる、一番大事な分析です。QALYについては次の節で詳しく見ます。
費用最小化分析
縦軸も横軸もお金です。「効果が同じなら、安いほうがいい」というだけの分析で、効果が同等であることが大前提になります。ここだけ横軸が効果ではないので、印象に残しておいてください。
費用便益分析

横軸に健康状態をお金に換算したものを置きます。健康をどうやって金額に直すのか、という定義そのものが難しく、実際に使うのは簡単ではありません。
効果の指標:QALY(質調整生存年)
QALY(Quality-Adjusted Life Year、質調整生存年)は、生きた年数に「その年の生活の質(QOL)」の重みを掛けたものです。
QALYの特徴
- いろいろな病気・治療を「同じ物差し」で比べられる(がんの患者さんと糖尿病の患者さんを同じ土俵で評価できる)
- 限られた予算の中で健康がどれだけ増えるかを比較しやすい

図の例で計算してみましょう。縦軸がQOL値で、1.0が健康、0.3が寝たきり、0が死亡です。
- 健康な状態(QOL値1.0)で10年生きる → 1.0 × 10年 = 10 QALY
- その後、寝たきり状態(QOL値0.3)で10年生きる → 0.3 × 10年 = 3 QALY
- 合計 13 QALY
生存年数は20年でも、質を加味すると13 QALYというわけです。「QOL値 × 年数を足し合わせる」という計算のしかたさえ分かれば、数字が変わっても対応できます。
QOL値はどうやって出すのか
算出方法には直接法と間接法があります。直接法は測り方が煩雑なので、実際には間接法が主に使われ、EQ-5Dのようなアンケート(質問票)を用いるのが一般的です。「直接法と間接法があり、主に使われるのは間接法」というレベルで十分です。
費用:誰の立場で計算するのか
意外と見落とされがちですが、費用も「何を費用とみなすか」で変わります。
- 分析の立場(視点):保険者なのか、患者なのか、国なのか、医療機関なのか
- 費用の範囲:医療費だけなのか。患者の立場なら病院までの交通費も費用かもしれない。さらに、本来なら働けていた時間が治療に取られた分を生産の機会損失として計上する考え方もある
立場を決めずに計算した分析結果は意味をなしません。「誰の立場から見た費用なのか」を必ず明示する、という点を押さえてください。
効果の推定:モデル分析
ICERを計算するには効果の数値が必要ですが、20年間ずっと患者さんを追跡するのは時間的にも費用的にも現実的ではありません。そこで、モデルを使って効果を推定します。使われるモデルは2つです。
| モデル | 向いている疾患 |
|---|---|
| 判断樹(ディシジョンツリー、決定樹) | 急性疾患 |
| マルコフモデル | 慢性疾患・がん治療など |
判断樹(ディシジョンツリー)

図の例で、ICERを最後まで計算してみましょう。この流れが解ければ、この単元の計算問題は全部解けます。
新薬
- 延命90%で4 QALY、死亡10%で0 QALY
- 効果の期待値 = 0.9 × 4 + 0.1 × 0 = 3.6 QALY
- 費用 = 10,000円
既存薬
- 延命70%で2 QALY、死亡30%で0 QALY
- 効果の期待値 = 0.7 × 2 + 0.3 × 0 = 1.4 QALY
- 費用 = 7,000円
ICERの計算
- 増分費用 = 10,000 − 7,000 = 3,000円
- 増分効果 = 3.6 − 1.4 = 2.2 QALY
- ICER = 3,000 ÷ 2.2 ≒ 1,364円/QALY
この値を閾値と比べて、採用するかどうかを判断する、というのが一連の流れです。
マルコフモデル

「健康」「病気」「死亡」といった状態の間を、一定の確率で行き来すると考えるモデルです。同じ状態にとどまる確率(図では健康→健康が70%、病気→病気が60%)があるのが特徴で、長期間にわたって状態が変化する慢性疾患やがん治療の評価に向いています。
国試ではこう問われる
このテーマは、用語の対応関係を問う問題とICERの計算問題の2パターンで出ます。
- 第100回 問323:「質調整生存年(QALY)を用いた効果の期待値と費用の期待値から増分費用効果比が算出されていた。この薬剤経済分析の手法は」→ 正答は費用効用分析。「QALY → 費用効用分析」は直結で覚えてください。
- 第103回 問148:費用効用分析によるICERの計算。新薬A(3,000万円・10 QALY)、既存薬B(2,000万円・8 QALY)→ ICER = (3,000 − 2,000) ÷ (10 − 8) = 500万円/QALY。
- 第110回 問148:ICERが「200万円/QALY」だったときの解釈。正答は「BからAに切り替えることによって、1QALYを追加的に得るのに200万円の費用の追加が必要である」。ICERは「効果を1単位増やすための追加費用」という定義がそのまま問われています。誤り選択肢は「費用を削減できる」と向きを逆にしたものばかりです。
- 第102回 問149:決定樹(判断樹)モデルを用いた分析の特徴。正答は「目的や状況に応じて条件設定ができる」「仮定に基づくシミュレーションを行う」。誤り選択肢は「臨床研究と一体化してデータを収集する」「バイアスは発生しない」「臨床試験と同程度の時間と費用を要する」。モデル分析は実際に測る代わりの推定だからこそ使う、という位置づけを理解していれば切れます。
まとめ
- ICER(増分費用効果比)= 増分費用 ÷ 増分効果。「効果を1単位増やすのにいくら追加で必要か」。小さいほど良い
- 既存薬より効果が高く安い=優位、効果が低く高い=劣位。判断が必要なのは「効果も費用も高い」ケースで、閾値と比べる
- 分析4種類は横軸で区別:費用効果分析(QALY以外の健康指標)/費用効用分析(QALY)/費用最小化分析(お金・効果が同じ前提)/費用便益分析(お金換算した健康状態)
- QALY = QOL値 × 年数の合計。いろいろな疾患を同じ物差しで比べられる。QOL値は間接法(EQ-5Dなど)で算出するのが主流
- 費用は分析の立場(保険者・患者・国・医療機関)を決めてから計算する
- 効果の推定に使うモデルは判断樹(急性疾患)とマルコフモデル(慢性疾患・がん)
次は保険薬局・保険薬剤師の療養担当規則まとめ(指定申請から責務まで)を読んでみてください。
法規を、1枚の地図として頭に入れませんか
この記事の冒頭に載せたマインドマップは、法規という科目のほんの一区画です。実際には、薬機法の総則から薬局・製造販売業・医薬品の取扱い、そして社会保障制度までが、1枚の地図としてひと続きにつながっています。
解説授業は、その地図を端から端まで、実際にたどりながら話していく全26回・約5時間34分。「この省令は誰に向けた基準なのか」「さっき出てきた登場人物が、どこで再登場するのか」が、条文の羅列ではなく流れとして入ってきます。バラバラに覚えていた制度が、1本の線になる感覚です。
法規のマインドマップPDF+解説授業セットは¥9,450。無料のサンプル動画とサンプルPDFがあるので、この「たどる」感覚が自分に合うかどうかは、先に確かめられます。