
前回の薬側の要因では、薬そのものの性質を見ました。今回は飲む側の体の状態——生理学的要因です。扱うのは①消化管内移動速度、②血流速度、③消化管分泌、④相互作用の4つ。
薬局でいちばん聞かれる質問「食前と食後って、何が違うんですか?」に正面から答える単元でもあります。国試が好きなのは、その答えが薬によって逆になる点です。単純拡散の薬は空腹時のほうが速く、能動輸送の薬は食後のほうが多く入る。脂溶性の高い難溶性薬にいたっては、食後でないとまともに溶けない。
この記事のゴールは、「食事がどう効くか」を薬ごとに言い当てられるようになること。そのためにまずGER(胃内容排出速度)というものさしを手に入れます。
この記事は、もともと解説授業の動画で話している内容を記事に起こしたものです。読むより耳から流し込みたい人は、解説授業のページに無料のサンプル動画があるので、先に雰囲気を確かめてみてください。
Contents
GER(胃内容排出速度)とは何の速度か

GER = Gastric Emptying Rate(胃内容排出速度)。口から入った薬や食べ物が胃から小腸へ送り出されていく速さです。
ここで大事なのは、GERが吸収そのものの速度ではないという点です。胃はほとんど吸収の場ではありません。 粘膜の表面積が小さく、内容物はpH1〜3にさらされる。吸収のメインパートは、表面積が桁違いに大きい小腸です。 ということは——
薬にとって「胃から小腸に出る」は、吸収のスタートラインに立つこと。GERはそのスタートを切る速さ。
胃がわざわざ内容物を溜めているのは、一度に大量を小腸へ流し込むと処理しきれないからです。消化しやすい状態にしてから、小腸が扱える量ずつ小出しにする。 この「小出しにする」という胃の仕事ぶりが、このあとのリボフラビンの話で効いてきます。
GERを動かすもの ― 遅めるか、早めるか
| 要因 | 理由 | |
|---|---|---|
| 遅める | 食事 | 胃が「消化してから小出しにする」モードに入る |
| 抗コリン作用のある薬 (プロパンテリン・イミプラミン・アトロピン) |
副交感神経が抑えられ、消化管全体の動きがゆっくりになる | |
| 早める | 空腹 | 溜めておくものがない |
| 抗ドパミン薬(メトクロプラミド) | D₂受容体遮断 → アセチルコリンの遊離↑ → 副交感神経が活性化 | |
| 不安 | 下で説明します(特例) |
消化管を動かしているのは副交感神経(アセチルコリン)です。だから抗コリン薬は止める方向、コリン作動性に働くものは動かす方向。メトクロプラミドが胃を動かすのは、消化管の神経終末でD₂受容体が押さえているアセチルコリンの放出を、遮断して解き放つからです。
なぜ「不安」でGERが上がるのか
ここが唯一こんがらがるところです。不安を感じると闘争・逃走反応が起きて交感神経が優位になり、副交感神経は相対的に抑えられる。 ふつうに考えれば「消化管の動きも遅くなるはず」です。ところが胃からの排出だけは逆に早くなる。
体の都合で考えると腑に落ちます。闘ったり逃げたりする場面で、胃に中身が入っているのは不利益だからです。殴られれば急所になるし、重くて動きが鈍る。だから体は中身をさっさと下へ送り出そうとする。
「副交感神経が下がる=消化管はすべて遅くなる」の例外が、不安時の胃排出。
丸暗記ではなく、「戦う前に胃を空にしたい」という理屈で覚えてください。これなら本番で迷いません。
食事で効き方が逆になるのはなぜか
ものさしが手に入ったので本題です。同じ「食後」でも、薬の入り方で結論が逆になります。
単純拡散の薬 ― 空腹時のほうが速い(アセトアミノフェン)

単純拡散の推進力は濃度差です(Fickの法則)。だから話は単純になります。
空腹時はGERが大きい → 薬が一気に小腸へなだれ込む → 管腔側の濃度が濃くなり、血管側との濃度差が大きくなる → 吸収が速くなる。 食後はGERが小さい → 薬がちょろちょろとしか出てこない → 管腔側の濃度が上がりきらず濃度差がつかない → 吸収が遅くなる。
代表例がアセトアミノフェンです。注意してほしいのは、変わっているのは主に「速さ」だという点。血中濃度時間曲線では空腹時にTmaxが短く、Cmaxが高くなる方向に動きます。
能動輸送の薬 ― 食後のほうが多く入る(リボフラビン)

リボフラビン(ビタミンB₂)は、話が逆さまになります。理由はただ1つ——リボフラビンのトランスポーターは十二指腸にしかないからです。
輸送体を使う吸収には飽和があります(担体介在輸送)。改札が10個しかない駅に一度に1万人が押し寄せたら、通れなかった人はそのまま素通りして帰ってしまう。 リボフラビンも、十二指腸を通り過ぎた分はもう吸収される場所がありません。
- 空腹時:GERが大きい → 一気に十二指腸へなだれ込む → トランスポーターが飽和 → 通りきれない分が下流へ流れ去り、吸収量が下がる
- 食後:GERが小さい → 少しずつ十二指腸へ送られる → 飽和を回避 → 吸収量が上がる
単純拡散とは結論が逆で、しかも変わるのは「速さ」ではなく「量」。「トランスポーターが十二指腸にしかない」という一言がすべての原因なので、ここは必ず理由ごと覚えてください。
血流速度 ― 膜透過が速い薬ほど、血流が律速になる
薬は上皮細胞を抜けたら血管に入り、血流に乗って運び去られます。 この「運び去り」が遅いと、血管側に薬が溜まって濃度差が縮む。 濃度差が縮めば吸収は止まる方向へ動く。とくに膜透過が非常に速い薬では、膜はいくらでも通せるのに血流が追いつかない。これが「膜透過速度が速い薬は血流律速」の中身です。
血流速度そのものは、食事で上がり(消化吸収は最優先の仕事なので消化管に血流を集める)、激しい運動の直後に下がります(血流というリソースが筋肉に取られる)。そして輸送の型によって、血流が落ちたときの効き方が違います。
| 輸送の型 | 血流が遅いと | 理由 |
|---|---|---|
| 受動輸送(単純拡散) | 吸収↓ | 血管側の薬が運び去られず、濃度差が大きくならない |
| 能動輸送 | 吸収↓ | 血流が運ぶ酸素・栄養が減り、細胞内のエネルギー供給が落ちる |
結論はどちらも「下がる」ですが、理由がまったく違います。 受動輸送は濃度差の話、能動輸送はエネルギーの話。理由を聞く形で出されたときに取り違えないように。
消化管分泌 ― 胆汁酸と難溶性薬
脂溶性が高い薬は、食後のほうが吸収されます。 ここは単純拡散の話と結論が逆になるので注意してください。
理由は胆汁酸です。食事をとると胆汁が分泌され、胆汁酸が界面活性作用で脂を乳化します。石鹸が油汚れを落とすのと同じ原理で、脂溶性の薬はミセルに取り込まれて溶けた状態になれる。つまり溶解量が増えて吸収が増える。 前の記事の言い方に翻訳すれば、脂溶性薬の律速は溶解。胆汁酸はその律速段階を直接ゆるめるから効くのです。
胆汁酸の影響を強く受ける難溶性薬として、次の6つを覚えてください。
シクロスポリン、インドメタシンファルネシル、フェニトイン、脂溶性ビタミン、イトラコナゾール、イコサペント酸エチル
脂溶性ビタミンとイコサペント酸エチル(EPA=魚の油)は名前からして油なので考えずに済みます。フェニトインだけは理屈で出てこないので無理やり覚えてください。残りは製剤側の工夫とセットにすると忘れません。
| 薬 | 製剤の工夫 |
|---|---|
| イトラコナゾール内用液 | 難溶性なので、シクロデキストリンで包接化合物にして溶かす |
| シクロスポリン(ネオーラル®) | 自己乳化型マイクロエマルション製剤。 カプセルの中に薬+油+界面活性剤が入っていて、服用すると体内の水と混ざって勝手にマイクロエマルションになる。旧来の油性製剤は胆汁酸・食事の影響が大きかったが、それを自前の乳化で解決した |
| インドメタシンファルネシル | インドメタシンは胃への局所刺激が強い。ファルネシル基を付けてわざと脂溶性・難溶性にし、胃を刺激せず、胆汁酸による乳化で吸収させるプロドラッグ |
| フェニトイン | 表面積を上げる方向で製剤化(Noyes-Whitney式のSを大きくする発想) |
インドメタシンファルネシルは「難溶性なのが欠点」ではなく「わざと難溶性にした」——ここが面白いところです。詳しくはDDSの吸収改善と乳剤へ。
その他の要因 ― 相互作用(キレート・吸着・pH変動)
最後に、他の薬や食品に吸収を邪魔されるパターンです。3つの型で整理します。
① キレート形成
テトラサイクリン系・ニューキノロン系の抗菌薬は、制酸薬・鉄剤・牛乳に含まれるCa・Mg・Alなどの多価金属イオンと難溶性のキレートをつくります。溶けなくなるので吸収が落ちる——溶解が律速になるわけです。ビスホスホネート系も同じで、骨に効かせる薬=カルシウムと結びつきやすい薬だと作用機序から予測できます。セフジニルは鉄剤とのキレートが有名です。
② 吸着
コレスチラミンなどの陰イオン交換樹脂は、アニオン性(酸性)の薬物を吸着します。代表がワルファリンカリウム。「カリウム塩」ということは薬本体はマイナスのイオン——だから陰イオン交換樹脂にくっつく、と名前から判断できます。
③ pH変動
制酸薬(PPIなど)で胃内のpHが上がると、弱塩基性薬のイトラコナゾールはどうなるか。
弱塩基の平衡 BH⁺ ⇄ B + H⁺ で、pHが上がる(H⁺が減る)と平衡は右=分子形Bに傾きます。分子形が増えるなら膜は通りやすくなるはず——ところがイトラコナゾールはもともと難溶性。分子形が増えれば、さらに溶けなくなる。 律速が溶解側にあるので、トータルでは吸収が下がる。
pH分配仮説をそのまま当てると答えを間違える珍しい例です。「律速がどこか」を見てから判断する——前の記事から通してきた考え方が、ここで試されます。
国試ではこう問われる
第97〜111回の15年分では、胃内容排出速度が8回(第98・99・102・103・104・105・108・111回)、リボフラビン10回、メトクロプラミド10回、イトラコナゾール11回、シクロスポリン13回。GERは必須でも理論でも繰り返し出る定番中の定番です。
| 回 | 問われ方 | ポイント |
|---|---|---|
| 第111回・問170 | 空腹時/朝食後にリボフラビンを投与したときの投与量と累積尿中排泄量のグラフを読ませる(2つ選べ) | 下で掘り下げます |
| 第103回・問41(必須) | 食事によるGERの低下で吸収量が増大するのはどれか | リボフラビン。アセトアミノフェン・エリスロマイシン・セファクロル・リファンピシンが誤答 |
| 第108回・問42(必須) | GERを低下させる薬物はどれか | プロパンテリン(抗コリン)。メトクロプラミド・ドンペリドン・モサプリドはすべて促進側 |
| 第98回・問41(必須) | GERを上昇させる薬物はどれか | メトクロプラミド。誤答はアトロピン・イミプラミン・プロパンテリン+モルヒネ。マインドマップの「遅める」リストがそのまま誤答欄に並ぶ |
| 第105回・問169 | 薬物の吸収について(2つ選べ) | 「抗コリン薬はGERを増大させ、Tmaxの短縮やCmaxの上昇を引き起こす」は誤り。 向きが真逆 |
| 第103回・問167 | 消化管吸収とバイオアベイラビリティ(2つ選べ) | 「陰イオン交換樹脂のコレスチラミンは、酸性物質のプラバスタチンを吸着し、その吸収を阻害する」が正しい。 吸着の論点がそのまま出題された |
掘り下げるなら第111回・問170、いちばん新しい回のリボフラビンです。
空腹時と朝食後にリボフラビンを飲んだときの投与量 vs 累積尿中排泄量のグラフを示し、曲線AとBがどちらかを答えさせる問題です。尿中排泄量は吸収された量の指標なので、上にある曲線=よく吸収されたほう。
選択肢3と4が「BがAより低値となるのは〜」と書いているので、グラフではB < A。あとはこの記事の内容だけで決まります。リボフラビンは食後のほうが吸収量が増える——だからAが朝食後、Bが空腹時(選択肢1が正しく、2は誤り)。
選択肢4は「排出トランスポーターの飽和が原因」。飽和するのは吸収を担う取り込みトランスポーターであって、腸管腔へ汲み出す排出トランスポーターではありません。同じ「飽和」で主語だけ入れ替えた引っかけです。
選択肢5は「メトクロプラミドを前投与したときの曲線は、食事の有無によらずAよりBに近い」。メトクロプラミドはGERを上昇させる薬。GERが上がれば十二指腸に一気に流れ込んで飽和する=空腹時と同じ挙動なので、Bに近づく。正しい。
必須問題(第103回・問41)で「リボフラビン」と答えさせた同じ論点を、第111回ではグラフ読解を絡めて出し直している。 覚えるべきは薬の名前ではなく、「トランスポーターが十二指腸にしかない → ゆっくり送ったほうが多く入る」という1本の理屈です。
まとめ
- GERは、薬が吸収のスタートラインである小腸に立つ速さ。 胃はほとんど吸収しない
- GERを遅めるのは食事と抗コリン薬(プロパンテリン・イミプラミン・アトロピン)、早めるのは空腹・抗ドパミン薬(メトクロプラミド)・不安
- 不安だけが特例。 副交感神経は下がるのに、「戦う前に胃を空にしたい」ので胃排出は早くなる
- 単純拡散の薬(アセトアミノフェン)は空腹時に速い。 GERが大きい→濃度差が大きい→拡散が速い
- 能動輸送の薬(リボフラビン)は食後に多く入る。 トランスポーターが十二指腸にしかないので、一気に流すと飽和して取りこぼす
- 膜透過が速い薬は血流が律速。 血流が遅いと受動輸送は濃度差がつかず、能動輸送はエネルギーが足りず、どちらも吸収が下がる
- 脂溶性の高い難溶性薬は食後有利。 胆汁酸の界面活性作用で乳化され、律速である溶解が直接ゆるむ
- 難溶性薬はシクロスポリン・インドメタシンファルネシル・フェニトイン・脂溶性ビタミン・イトラコナゾール・イコサペント酸エチルの6つ。製剤の工夫とセットで覚える
- 相互作用はキレート(テトラサイクリン系・ニューキノロン系・ビスホスホネート系・セフジニル)/吸着(コレスチラミン×ワルファリンK)/pH変動(制酸薬×イトラコナゾール)の3型
- pH上昇でイトラコナゾールの分子形は増えるのに吸収は下がる。 pH分配仮説より律速がどこかを優先する
次は非経口薬(注射・経皮・直腸・鼻・肺・口腔粘膜)まとめを読んでみてください。ここまで散々な目に遭ってきた経口投与に対する、「そもそも消化管を通らなければいい」という解決策の話です。
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薬剤を、1枚の地図として頭に入れませんか
この記事の冒頭に載せたマインドマップは、薬剤という科目のほんの一区画です。実際には、吸収から分布・代謝・排泄、そして製剤設計までが、1枚の地図としてひと続きにつながっています。
解説授業は、その地図を端から端まで、実際にたどりながら話していく全33本・約11時間。「なぜこの薬がここで出てくるのか」「さっき覚えたあの話が、どこにつながるのか」が、バラバラの知識ではなく流れとして入ってきます。細切れに暗記してきたものが、1本の線になる感覚です。
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