
生体膜透過で「薬はどうやって膜を通るか」をやりました。ここからは舞台を消化管に移して、飲んだ薬が血液に届くまでに何に邪魔されるのかを見ていきます。邪魔してくるものは、薬そのものの性質による「薬側の要因」と、飲む人の体の状態による「体側の要因」の2種類。この記事は前者です。
薬側の要因は①溶解性、②膜透過性、③薬の安定性の3つ。ただし国試で点になるのは、3つを別々に暗記することではありません。「溶けるのが遅いのか、膜を通るのが遅いのか、どっちが足を引っぱっているのか」を見抜くこと——つまり律速段階の話です。マインドマップの真ん中に「膜透過性VS溶解性」が陣取っているのは、そういう理由です。
この記事のゴールは2つ。脂溶性薬と水溶性薬で律速がどう入れ替わるかを理由つきで言えるようになること。そして非攪拌水層という「第二の壁」の向きを間違えないこと。2つ目は、国試が15年で2回とも逆向きの選択肢を混ぜて出してきた、いやらしい論点です。
この記事は、もともと解説授業の動画で話している内容を記事に起こしたものです。読むより耳から流し込みたい人は、解説授業のページに無料のサンプル動画があるので、先に雰囲気を確かめてみてください。
Contents
まず地図を持つ ― 経口薬が越える3つの関門
錠剤を飲んでから血液に届くまで、薬は3つの場所で削られます。飲んだ量のうち無傷で全身循環にたどり着いた割合がバイオアベイラビリティFで、これは次のように分解できます。
F = Fa × Fg × Fh
Fa は消化管の中から上皮細胞に取り込まれる割合(溶けない・膜を通れない・壊れると下がる)、Fg は上皮細胞の中を代謝されずに通り抜ける割合、Fh は肝臓を通り抜ける割合です。
この記事で扱う薬側の要因は、ほぼ全部が Fa と Fg の話。 手前の2つを削っているのが誰なのか——そう思って読み進めてください。
溶解性 ― Nernst-Noyes-Whitneyの式が言っていること
薬は溶けなければ吸収されません。 錠剤が固体のまま腸を流れていっても膜は通れない。だから最初の関門は「溶ける」です。
溶けやすさを左右するのは薬の「形」です。溶媒和(水和)しているか、塩の結晶か共結晶か、結晶か非晶質か、包接化合物にしてあるか。このあたりは製剤分野の主戦場なので、深入りは結晶と非晶質・結晶多形と溶解度と溶解速度に任せます。薬剤では溶解には速度の式があることだけ持っておけば足ります。

Nernst-Noyes-Whitneyの式 dC/dt = D · S · (Cs − C) / (V · σ) です。分子にあって大きいほど速いのが D(拡散係数)・S(固体の表面積)・Cs(飽和濃度=溶解度)、分母にあって大きいほど遅いのが V(溶液の体積)・σ(拡散層の厚さ)。
式の形をよく見てください。推進力は (Cs − C) という濃度差で、それを σ という厚みの層越しに運ぶ。この構造はFickの法則とまったく同じです。溶解も膜透過も、結局は同じ拡散の顔をしている——そう見えると、このあとの非攪拌水層の話がすんなり入ります。
製剤側の工夫は、この式のどれかを動かしているだけです。粉砕して S を上げる、非晶質や包接化合物にして Cs を上げる。 難溶性薬のフェニトインが表面積を上げる方向で製剤化されているのは、S を愚直に大きくしているということです。
膜透過性 ― 細胞を突っ切る道と、細胞の隙間を抜ける道
溶けたら次は膜です。ここは生体膜透過とpH分配仮説がそのまま土台になります。原則は単純拡散、脂溶性が高く分子形のものほど通りやすい。 ここで1つ足しておきたいのが、膜を通らない抜け道です。

細胞間隙経路(paracellular route)といいます。上皮細胞と上皮細胞のあいだのすき間をすり抜けて向こう側へ出るルートです。
なぜ特筆されるのか。イオン形の薬でも通れることがあるからです。pH分配仮説の「イオン形は脂質二重膜を通れない」は細胞の中を突っ切るルート(経細胞経路)の話であって、細胞と細胞のすき間には脂質二重膜がない。だからイオン形でも通れてしまう。
ただし図でオレンジ色に描かれた密着結合(タイトジャンクション)が細胞どうしを縫い合わせているため、すき間は非常に狭く、上皮の表面積に占める割合もごくわずかです。分子量の小さい水溶性物質しか通れず、量的な寄与は小さい。「メインルートではないが、ゼロでもない抜け道」という位置づけで押さえてください。
膜透過性 VS 溶解性 ― どちらが律速か
マインドマップの真ん中、この単元でいちばん問われるところです。

薬を2つに割って考えます。
| 溶解 | 膜透過 | 律速になるのは | |
|---|---|---|---|
| 脂溶性(疎水性)薬 | 遅い | 速い | 溶解 |
| 水溶性薬 | 速い | 遅い | 膜透過 |
理由は単純です。脂溶性薬は油になじむ分子なので脂質二重膜はすいすい通るが、その手前の「水に溶ける」でつまずく。 逆に水溶性薬は溶けるのは一瞬でも、油の壁である脂質二重膜の前で足止めを食う。
どちらのタイプにも必ずボトルネックがある。 だから製剤の工夫も、脂溶性薬なら溶解性を上げる方向、水溶性薬なら膜透過を助ける方向と、初めから狙う場所が違います(DDSの吸収改善)。
非攪拌水層 ― 脂溶性薬に立ちはだかる第二の壁
ところが脂溶性薬にはもう一つ壁があります。 ここが国試の勝負どころです。

小腸の上皮細胞の表面には刷子縁膜(微絨毛)がびっしり生え、その表面をグリコカリックスという糖タンパク質の層が覆っています。この毛むくじゃらの構造のせいで、すぐ表面の水は腸の蠕動でかき混ぜられない。 この「動かない水の層」が非攪拌水層です。
なぜ脂溶性薬だけがここで止まるのか
非攪拌水層は水の層です。ということは、水になじまない脂溶性薬ほど、ここを渡るのに手間取る。 しかもグリコカリックスは負に帯電した糖タンパク質なので、電荷を持たない疎水的な分子は近づきにくい。一方、脂質二重膜のほうは脂溶性薬にとって楽勝です。つまり——
脂溶性が非常に高い薬では、膜透過ではなく「非攪拌水層の拡散」が律速になる。
脂溶性を上げれば上げるほど吸収がよくなるはずなのに、あるところから頭打ちになる。 その犯人がこいつです。逆に水溶性薬にとっては水の層など何の障害でもないので、水溶性薬の律速はあくまで膜透過のまま。向きを取り違えると選択肢がそのまま罠になります(後述の国試の項を必ず読んでください)。
表面のpHはなぜ低いのか
同じ図に、もう一つ大事な仕掛けが描かれています。非攪拌水層の中はH⁺が多く、管腔内よりpHが低い——微小環境pH(microclimate pH)と呼ばれる現象です。
理屈は担体介在輸送の続きです。基底側のNa⁺/K⁺-ATPaseがNa⁺を汲み出して細胞内のNa⁺を低く保つ → 刷子縁膜のNa⁺/H⁺交換輸送体がその「Na⁺が入りたがる力」でH⁺を管腔側へ吐き出す → 吐き出されたH⁺はかき混ぜられない層の中なので逃げ場がなく、そこに溜まる。(この H⁺勾配を駆動力にジペプチドを取り込んでいるのがPEPT1です。)
結果として粘膜表面は管腔内より酸性になります。あとはpH分配仮説のとおりです。
| 表面のpHが低いと | 吸収は | |
|---|---|---|
| 弱酸性薬 | 分子形が増える | 上がる |
| 弱塩基性薬 | イオン形が増える | 下がる |
「管腔内のpHから計算した予想より、弱酸性薬はよく吸収される」——この言い回しで国試に出ます。
薬の安定性① 消化管の中(胃と腸)
3つ目の要因です。溶けて膜も通れる薬でも、たどり着く前に壊されたら終わり。 壊される場所は「消化管の中」と「上皮細胞の中」の2つ。まずは中身から。
胃 ― pH1〜3という過酷な場所
胃の中はpH1〜3。薬にとってはとんでもない環境で、ペニシリン、エリスロマイシン、オメプラゾールなどはこの酸性条件で分解して失活します。対策は2つ。
- 腸溶性製剤にして胃を素通りさせる … オメプラゾール腸溶錠。胃では溶けず、pHが上がる小腸で溶ける被膜をかぶせる
- エステル化(プロドラッグ化)する … エリスロマイシン。酸から守るだけでなく、もともと難溶性なのを溶けやすくする目的も兼ねた一石二鳥(→プロドラッグ)
腸 ― 消化酵素と腸内細菌
小腸まで無事に着いても、今度は別の相手がいます。
消化酵素。 インスリンなどのペプチド性医薬品は、タンパク質分解酵素にとってただの食べ物です。飲んでもアミノ酸やペプチド断片に切り刻まれる。インスリンが今でも注射である最大の理由がこれです。
腸内細菌。 こちらは「壊す」というより「戻す」働きをします。

肝臓でグルクロン酸抱合を受けた薬(図の R-O-GA)は水溶性が高く、胆汁に乗って腸へ排泄されます。ところが腸内細菌はβ-グルクロニダーゼを持っていて、グルクロン酸を外してしまう(脱抱合)。 外れた薬(R-OH)は脂溶性が戻るので、もう一度膜を通って門脈から再吸収される。
これが腸肝循環です。水溶性にして捨てようとしたのに、腸内細菌に元へ戻されてぐるぐる回る。 詳しくは胆汁排泄と腸肝循環が主戦場です。
薬の安定性② 消化管上皮細胞の中(Fg)
最後の関門です。代謝は肝臓だけで起こるわけではありません。
小腸の上皮細胞の中にはCYP3A4やエステラーゼがしっかり存在しています。管腔から細胞に入った薬は、まだ血管にも肝臓にも着いていないのに、ここで削られる。 これが冒頭の Fg です。
これは思っている以上に効きます。医薬品のおよそ半分の代謝に関わる主役が、肝臓の手前にもう1枚張られているということだからです。グレープフルーツジュースの相互作用が有名なのも、小腸のCYP3A4が止まってFgが跳ね上がるから(→薬物代謝の基礎とCYPの分子種の覚え方)。
初回通過効果という言葉の定義も、ここで正確にしておきましょう。
初回通過効果とは、全身循環に入る前に、消化管上皮細胞や肝臓で受ける代謝のこと。
「肝初回通過効果」だけを指す言葉ではありません。 消化管上皮での代謝も立派な初回通過効果です。なお初回通過効果を受けない投与経路は非経口薬まとめで整理しています。
国試ではこう問われる
第97〜111回の15年分では、初回通過効果が14回、オメプラゾール13回、エリスロマイシン12回、β-グルクロニダーゼ4回。非撹拌水層は2回(第103・108回)と少ないのですが、出た2回がどちらも「向き」を試す選択肢で、知っていれば取れて、あやふやだと必ず外すタイプです。
| 回 | 問われ方 | ポイント |
|---|---|---|
| 第108回・問168 | 薬物の消化管吸収について、正しいものを1つ | 正解は「脂溶性の高い薬物は、小腸吸収過程において非撹拌水層の影響を受けやすい」。この記事の中心がそのまま正解 |
| 第103回・問167 | 消化管吸収とバイオアベイラビリティ(2つ選べ) | 「親水性薬物のみかけの吸収速度は、非撹拌水層の拡散速度に依存する」は誤り。 108回と向きが逆さま |
| 第107回・問173/第105回・問173 | 腸肝循環・胆汁中排泄(ともに2つ選べ) | 「β-グルクロニダーゼが阻害されると血中半減期が延長する」(107回)も「AUCが増加する」(105回)も誤り。 脱抱合されなければ再吸収されず、半減期もAUCも減る。同じ論点を2通りの言い方で出している |
掘り下げるなら、第108回・問168と第103回・問167の組合せです。
第108回・問168の正解は選択肢4、「脂溶性の高い薬物は、小腸吸収過程において非撹拌水層の影響を受けやすい」。脂溶性が高い薬にとって脂質二重膜は楽勝で、水の層のほうが渡りにくいから律速になる。
ところが第103回・問167の選択肢4は、「小腸において、親水性薬物のみかけの吸収速度は、非撹拌水層の拡散速度に依存する」。主語が親水性薬物にすり替わっていて、これは誤りです。 親水性薬にとって水の層は障害になりません。詰まるのはその先の脂質二重膜のほうです。
5年の間隔をあけて、同じ論点を正しい向きと逆の向きで1回ずつ出している。 つまり「非攪拌水層が律速になるのは脂溶性薬か水溶性薬か」を言えるかだけを試している。覚え方は理屈で足ります。水の層だから、水が苦手な薬が困る。
同じ第108回・問168の選択肢5も見ておきましょう。「消化管粘膜表面のpHは管腔内より低いため、弱酸性薬物の吸収量は予想より少ない」——誤りです。表面が酸性なら弱酸性薬は分子形が増えるので、予想より多く吸収される。非攪拌水層の図で確認した話が、そのまま選択肢になっています。(選択肢3の「食後にGERが上昇する」も誤りで、こちらは次の記事体側の要因の中心論点です。)
まとめ
- 薬側の要因①溶解性 ②膜透過性 ③安定性は、F = Fa × Fg × Fh の Fa と Fg を削る要因として整理する
- 溶解速度はdC/dt = D·S·(Cs−C)/(V·σ)(Nernst-Noyes-Whitneyの式)。表面積Sと溶解度Csを上げ、拡散層σを薄くすれば速くなる
- 膜透過の原則は単純拡散。ただし細胞間隙経路という抜け道があり、イオン形でも通れることがある(量的な寄与は小さい)
- 脂溶性薬は溶解が律速、水溶性薬は膜透過が律速。 どちらにも必ずボトルネックがある
- 非攪拌水層が律速になるのは脂溶性薬のほう。 水の層だから水が苦手な薬ほど渡れない。「親水性薬」と書いてあったら誤り
- 非攪拌水層はNa⁺/H⁺交換輸送体が吐き出したH⁺が溜まってpHが低い。だから弱酸性薬の吸収は予想より上がり、弱塩基性薬は下がる
- 胃(pH1〜3)で失活するのはペニシリン・エリスロマイシン・オメプラゾール。対策は腸溶性製剤とエステル化
- 腸では消化酵素がペプチド製剤を壊し(インスリンが注射である理由)、腸内細菌のβ-グルクロニダーゼが脱抱合して腸肝循環を作る
- 小腸上皮細胞のCYP3A4・エステラーゼによる代謝も初回通過効果。 初回通過効果は肝臓だけの話ではない
次は消化管吸収における体側の要因(生理学的要因)まとめを読んでみてください。同じ薬でも、食前か食後かで吸収が逆向きに動く理由がはっきりします。
動画で学びたい人へ
この内容は、YouTubeの講義動画でも解説しています。1本目が全体像、2本目がこの記事の内容です。
薬剤を、1枚の地図として頭に入れませんか
この記事の冒頭に載せたマインドマップは、薬剤という科目のほんの一区画です。実際には、吸収から分布・代謝・排泄、そして製剤設計までが、1枚の地図としてひと続きにつながっています。
解説授業は、その地図を端から端まで、実際にたどりながら話していく全33本・約11時間。「なぜこの薬がここで出てくるのか」「さっき覚えたあの話が、どこにつながるのか」が、バラバラの知識ではなく流れとして入ってきます。細切れに暗記してきたものが、1本の線になる感覚です。
薬剤のマインドマップPDF+解説授業セットは¥9,450。無料のサンプル動画とサンプルPDFがあるので、この「たどる」感覚が自分に合うかどうかは、先に確かめられます。