
吸収の話が終わりました。ここからは分布、つまり「血液に乗った薬が、そのあとどこへ行ったのか」です。そしてその行き先を、たった1つの数字で表してしまうのが分布容積(Vd)です。
この単元がとっつきにくいと言われるのは、「容積」という名前なのに、体のどこを探してもその容積が実在しないからです。100 Lの分布容積を持つ薬があっても、体のどこにも100 Lの液体は入っていません。ここでつまずくと、そのあとのクリアランスも半減期も全部あいまいなまま進むことになります。
そこでこの記事は、まず具体例を1つ最後まで計算して100 Lという数字を出し、そのあとでその100 Lを式に分解するという順で進めます。ゴールは3つです。①Vdが何を測っている数字なのかを自分の言葉で言えること、②Vd = Vp +(fp/ft)× Vt の文字が何を指すか言えること、③代表薬を大・中・小の3分類で語呂ごと思い出せること。
この記事は、もともと解説授業の動画で話している内容を記事に起こしたものです。読むより耳から流し込みたい人は、解説授業のページに無料のサンプル動画があるので、先に雰囲気を確かめてみてください。
Contents
分布容積とは ― 「体中が血漿と同じ濃度だったら」という仮定
分布容積の定義は、「体中すべての場所の濃度が血漿中濃度と同じだと仮定したときの、理論上の体液量」です。言葉だけでは動かないので、数字を入れます。
ある人に薬を500 mg投与しました。分布が落ち着いてから採血したところ、血漿中濃度は5 mg/Lでした。もし体のどこを切っても5 mg/Lで均一だとしたら、この人の体液量は次のように出ます。
500 mg ÷ 5 mg/L = 100 L
では実際の体液量はどれくらいでしょうか。成人はおよそ体重の60%が水分です(新生児は約80%と、もっと水っぽい)。体重60 kgなら36 Lということになります。
100 Lと36 L。計算で出た値のほうが、実在する体液量の3倍近く大きい。 この食い違いこそが、分布容積という指標の存在理由です。
なぜ実在しない100 Lが出てくるのか
採血で測れるのは血漿中濃度だけです。組織の中の濃度は直接わかりません。
ここで、薬が組織へ大量に移っていったとします。そのぶん血漿からは薬が抜けるので、血漿中濃度は低く出ます。 ところが分子(投与量)は500 mgのまま変わらない。低い濃度で割るのだから、答えは大きくなる——これが100 Lの正体です。
つまりVdは「組織にどれだけ持っていかれたか」を血漿側から見た影絵です。血漿に濃いまま残っていればVdは小さく、組織に吸い取られればVdは大きくなる。実体のある容器ではないので、見かけの分布容積、仮想の液量と呼ばれます。1-コンパートメントモデルのビーカーの中でこの数字がどう働くかは1-コンパートメントモデルの考え方と分布容積Vdで扱っています。
組織に入れるのは「非結合形」だけ
では、薬は血漿と組織にどう振り分けられているのでしょうか。
投与された薬は、まず血漿中に非結合形として入ります。その一部は血漿タンパクと結びついて結合形になり、両者は平衡を保ちます。このとき、血管の壁を通り抜けて組織側へ行けるのは非結合形だけです。血漿タンパクと手をつないだ状態では大きすぎて通れません。組織側に入った薬もまた、組織成分と結合形をつくって平衡に落ち着きます。
分布が平衡に達したとき、血漿中の非結合形濃度と組織中の非結合形濃度は等しくなります。 行き来が自由なのだから、当然そうなります。
ここで1つだけ、国試が繰り返し狙う落とし穴があります。等しくなるのは「濃度」であって、「分率」ではありません。 血漿中の非結合形分率fpと組織中の非結合形分率ftは、別々の値です。 この区別がつくかどうかが、次の式を読めるかどうかの分かれ目になります。
Vdの中身を式に分解する
投与した500 mgは、血漿中と組織中に分かれているだけです。それを式にします。
D = Cp × Vp + Ct × Vt
(D:体内の薬物量、Cp:血漿中濃度、Vp:血漿容積、Ct:組織中濃度、Vt:組織容積)
このうちCtだけが測れません。 そこで、さきほどの「非結合形濃度は等しい」を使います。
Cp × fp = Ct × ft → Ct =(fp/ft)× Cp
これを上の式に戻して、両辺をCpで割ります。
D/Cp = Vp +(fp/ft)× Vt
左辺は投与量÷血漿中濃度、つまりVdそのものです。
Vd = Vp +(fp/ft)× Vt
| 記号 | 中身 | 目安 |
|---|---|---|
| Vp | 血漿容積 | 体重の約5%。60 kgで約3 L |
| Vt | 組織容積 | 全体液量36 Lから血漿を引いて約33 L |
| fp | 血漿中の非結合形分率 | 血漿タンパクに捕まりにくいほど大きい |
| ft | 組織中の非結合形分率 | 組織成分に捕まりにくいほど大きい |
VpもVtも人によってほぼ決まった値です。薬ごとに動くのはfp/ftだけ。だからこの式は、実質的に「fpが大きいほど、ftが小さいほど、Vdは大きい」と読めます。血漿タンパクに捕まらず、組織にがっちり捕まる薬ほど、組織側へ引っぱられていくわけです。
冒頭の100 Lの例に戻すと、Vp = 3 Lは100 Lに対して誤差のようなものです。実質はVd ≒(fp/ft)× Vtで、97 ≒(fp/ft)× 33 からfp/ft ≒ 2.9。この係数が3倍に満たない程度でも、Vdは全体液量の3倍近くまで跳ね上がります。
裏返すと、血漿タンパク結合率が高い薬(fpが小さい薬)ほどVdは小さくなります。 「よく結合する=よく効きそう=たくさん分布しそう」と直感で答えると間違える場所で、実際に第97回でそのまま誤り選択肢になっています。
薬ごとのVd ― 3分類と語呂
ここからは暗記です。全体液量36 Lを基準にして、大きい・普通・小さいの3つに分けます。
Vdが大きい(全体液量を超える):「チョー地獄の闇(やぁみ)組織」
| 語呂 | 対応 |
|---|---|
| チョー | 超(全体液量を超える)/ チオペンタール |
| 地獄 | ジゴキシン |
| 闇(やぁみ) | アミトリプチリン、アミオダロン |
| 組織 | 組織移行性が大きい |
この4剤はどれも「組織に居座る理由」がはっきりしています。チオペンタールは脂溶性がきわめて高く、静注すると一度脳に入ってから脂肪組織へ再分布します。麻酔導入薬なのに作用が短いのは、代謝が速いからではなく脂肪に逃げるからです。ジゴキシンは骨格筋や心筋のNa⁺,K⁺-ATPaseに結合して組織側にとどまります。アミオダロンは脂溶性が高く、分布容積が大きい代表として国試でもTDMでも繰り返し顔を出します。
Vdが普通(全体液量くらい):「チンピラの全体液」

チンピラ → アンチピリン。 血漿タンパクにもほとんど結合せず、組織にも特別たまらない——つまりfp ≒ ftなので、Vd ≒ Vp + Vt となって全体液量そのものに落ち着きます。だからアンチピリンは体液量の指標として使われてきました。
Vdが小さい(血漿にとどまる):「青と緑の血」
エバンスブルーが青、インドシアニングリーンが緑。 青と緑の血が流れている宇宙人を思い浮かべてください。
この2つは色素で、投与するとほぼ全量がアルブミンと結合します。 結合したままでは毛細血管を出られないので、組織へ行けません。結果としてVd ≒ Vp、つまり血漿容積そのものになります。
Vdが血漿容積に一致するということは、逆算すれば血漿容積そのものが測れるということです。エバンスブルーが循環血漿量の測定に使われるのはこのためです。インドシアニングリーンのほうは肝臓に取り込まれて胆汁中へ排泄されるので、肝機能検査薬として使われます。腎臓からはほとんど出ないので、腎クリアランスの話題で並べられたら「これは肝臓側」と切り分けてください。
国試ではこう問われる
第97〜111回の15年分を見ると、分布容積は15回中14回で登場し、直近5年は毎年出ています。関連語も非結合形が13回、血漿タンパクが13回と高頻度です。計算・正誤・病態の3つの角度から問われます。
| 回 | 問われ方 | ポイント |
|---|---|---|
| 第110回・問170 | fp = 0.10、ft = 0.50、Vp = 3 L、Vt = 40 L を与えてVdを計算させる | Vd = 3 +(0.10/0.50)× 40 = 11 L。 式をそのまま使う問題 |
| 第101回・問167 | 薬物の組織分布に関する記述の正誤 | 「ft に対する fp の比が大きい薬物ほどVdは大きい」は正しい。「平衡に達すると血漿中と組織中の非結合形分率は等しくなる」は誤り(等しいのは濃度)。「炎症性疾患でα₁-酸性糖タンパク質が低下する」も誤り(増加する) |
| 第97回・問168 | 薬物の組織移行に関する記述(2つ選べ) | 「組織結合率が同じ場合、血漿タンパク結合率が高い薬物のVdは大きい」は誤り。 fpが小さいのだからVdは小さくなる |
| 第110回・問195 | 病態と薬物動態の変化(2つ選べ) | 小児では水溶性薬物の体重当たりのVdが成人より大きい(体水分量の割合が高い)。「肥満患者で脂溶性薬物のVdが小さくなる」「アルブミン低下でVdが低下する」はいずれも逆 |
掘り下げるなら第110回・問170です。この記事で組み立てた式が、そのまま計算問題になっています。
fp = 0.10、ft = 0.50。血漿中では10%が自由、組織中では50%が自由ということです。fp/ft = 0.2 ですから、組織容積40 Lに0.2を掛けて8 L。ここに血漿容積3 Lを足して、Vd = 11 L。
注目してほしいのは、ftのほうがfpより大きいときに何が起きるかです。この薬は血漿タンパクにはよく捕まる(fp = 0.10)のに、組織ではあまり捕まらない(ft = 0.50)。だから組織側へ引っぱる力が弱く、Vdは組織容積40 Lをはるかに下回る11 Lにとどまります。 選択肢には43(= 3 + 40)や203といった値が並んでいて、fp/ftを掛け忘れると43を選んでしまう構造になっています。「Vdは血漿容積と組織容積の足し算ではない、非結合形分率の比で重みづけされた足し算だ」——問われているのはここ1点です。
そして、このfpを決めているのが血漿タンパクとの結合です。次の記事でそこに入ります。
まとめ
- 分布容積は、「体中が血漿と同じ濃度だと仮定したときの理論上の体液量」。実在する容積ではなく見かけの容積
- Vd = 投与量 ÷ 血漿中濃度。 組織に持っていかれるほど血漿中濃度が下がり、Vdは大きく出る
- 組織へ移れるのは非結合形だけ。平衡では血漿中と組織中の非結合形「濃度」が等しくなるが、「分率」は等しくならない
- Vd = Vp +(fp/ft)× Vt。 VpもVtも人でほぼ決まっているので、薬ごとに動くのはfp/ftだけ
- したがってfpが大きいほど、ftが小さいほどVdは大きい。 血漿タンパク結合率が高い薬ほどVdは小さい
- Vdが大きい薬は「チョー地獄の闇(やぁみ)組織」= チオペンタール・ジゴキシン・アミトリプチリン・アミオダロン
- Vdが全体液量くらいの薬は「チンピラの全体液」= アンチピリン
- Vdが小さい薬は「青と緑の血」= エバンスブルー(青)・インドシアニングリーン(緑)。どちらもアルブミンにほぼ全量が結合して血漿から出られない
- エバンスブルーは循環血漿量の測定、インドシアニングリーンは肝機能検査薬。 ICGは胆汁中へ排泄され、腎臓からはほとんど出ない
- 計算問題ではfp/ftを掛け忘れてVp + Vtを答えさせる引っかけが定番
次は薬物のタンパク結合の基礎を読んでみてください。この記事で「動かせるのはfp/ftだけ」と分かったところなので、そのfpを決めている血漿タンパクの正体を見に行きます。
動画で学びたい人へ
この内容は、YouTubeの講義動画でも解説しています。1本目が全体像、2本目がこの記事の内容です。
薬剤を、1枚の地図として頭に入れませんか
この記事の冒頭に載せたマインドマップは、薬剤という科目のほんの一区画です。実際には、吸収から分布・代謝・排泄、そして製剤設計までが、1枚の地図としてひと続きにつながっています。
解説授業は、その地図を端から端まで、実際にたどりながら話していく全33本・約11時間。「なぜこの薬がここで出てくるのか」「さっき覚えたあの話が、どこにつながるのか」が、バラバラの知識ではなく流れとして入ってきます。細切れに暗記してきたものが、1本の線になる感覚です。
薬剤のマインドマップPDF+解説授業セットは¥9,450。無料のサンプル動画とサンプルPDFがあるので、この「たどる」感覚が自分に合うかどうかは、先に確かめられます。