
分布の最後は、血液から先への話です。扱うのは脳内・胎児・母乳・リンパの4か所。一見バラバラですが、4つとも「普通の毛細血管では説明がつかない場所」という共通点でくくられています。
体のたいていの毛細血管は、内皮細胞のすき間から物質が漏れ出る作りになっています。ところが脳と胎児では、そのすき間が塞がれている。だからここには「関門」という名前が付き、関門の実体はどの細胞かが繰り返し問われます。一方母乳は関門の話ではなくpH分配仮説の応用問題で、リンパは分子量で行き先が分かれるという別の論理です。
この記事の進め方は、4か所それぞれで「何が通せんぼしているのか」「では何なら通れるのか」の2つを言えるようにすること。覚える量は多くありませんが、関門の実体を答えさせる必須問題は15年で繰り返し出ています。 そこだけは確実に取れる状態にしましょう。
この記事は、もともと解説授業の動画で話している内容を記事に起こしたものです。読むより耳から流し込みたい人は、解説授業のページに無料のサンプル動画があるので、先に雰囲気を確かめてみてください。
Contents
脳内移行:ルートは2つある
脳の中に入るルートは2本です。血液から直接脳へ入る血液脳関門(BBB)と、血液から脳脊髄液を経由して脳へ入る血液脳脊髄液関門(BCSFB)。量的な寄与が大きいのはBBBのほうです。
血液脳関門(BBB):実体は脳毛細血管内皮細胞
BBBの実体は脳毛細血管内皮細胞です。アストロサイトでも周皮細胞でもありません。
なぜここが関門になるのか。理由は密着結合(タイトジャンクション)です。他の組織の毛細血管では、内皮細胞どうしのすき間から低分子がそのまま漏れ出ていきます(腎臓や小腸の毛細血管は有窓内皮で、はっきり穴が開いています)。ところが脳毛細血管では、内皮細胞が密着結合でぴったり連結していて、すき間がほぼありません。
すき間が使えないということは、細胞を貫いて通るしかないということです。細胞に入るときに1枚、出るときにもう1枚、合わせて2枚の脂質二重膜を越える。 だから脳内移行では脂溶性の高さと分子量の小ささがそのまま効いてきます。国試が「経細胞的に透過しなければならない」という言い回しを使うのは、この事情を指しています。
その上で、輸送系が3種類乗っています。
| 種類 | 何をしているか | 代表 |
|---|---|---|
| 単純拡散 | 主役。脂溶性が高い、または分子量が小さいほど通りやすい | ― |
| 排出系(能動輸送) | 血液側の細胞膜に発現したP-糖タンパク質が、入ってきた薬を血管側へ汲み戻す | シクロスポリン、ビンクリスチン、フェキソフェナジン |
| 取込系(能動輸送・促進拡散) | 親水性だが脳に必要なものを、わざわざトランスポーターで運び入れる | グルコース(GLUT1)、アミノ酸(LAT1など) |
| 受容体介在型膜動輸送 | 受容体に結合させて細胞ごと取り込む | インスリン |
排出系のP-糖タンパク質は、覚えておくと臨床の疑問が1つ解けます。 第2世代抗ヒスタミン薬のフェキソフェナジン(アレグラ)が眠くなりにくいのは、脳に入ろうとするそばからP-糖タンパク質に汲み出されるからです。「脂溶性が低いから」だけでは説明しきれない部分が、ここで埋まります。
取込系のほうは、プロドラッグの代表例につながります。 パーキンソン病で足りないのはドパミンですが、ドパミンはBBBを通れません。 そこでアミノ酸の姿をしたレボドパにしておき、アミノ酸輸送系(LAT1)に運んでもらって脳内へ入り、そこでドパミンに変換される。 輸送体を「借りる」という発想の、いちばん有名な実例です。
血液脳脊髄液関門(BCSFB):実体は脈絡叢上皮細胞

もう1本のルートの関門は、脈絡叢上皮細胞です。ここでBBBと作りが逆になっている点に注目してください。
図のとおり、脈絡叢の毛細血管は有窓性です。つまり血管のほうはツーツーで、物質は簡単に血管の外へ出られます。 せき止めているのは血管ではなく、その外側に並んだ脈絡叢上皮細胞の密着結合のほうです。BBBは血管が関門、BCSFBは血管の外の上皮が関門——ここが入れ替えて出題されるポイントです。
輸送系としては、有機アニオン輸送系が脳脊髄液から血液へ排出する向きに働いています。ここで追い出される代表がβ-ラクタム系抗菌薬です。髄膜炎でβ-ラクタム系を大量に使うのは、単に入りにくいだけでなく、入っても汲み出されているからだと理解できます。逆にアスコルビン酸などのビタミンには、脳脊髄液へ積極的に取り込む輸送系があります。
胎児移行:血液胎盤関門
母体と胎児を隔てているのが血液胎盤関門で、その実体は合胞体性栄養膜細胞(シンシチオトロホブラスト)です。
基本はここも単純拡散です。分子量が300〜600程度で脂溶性が高い薬は通過しやすい——脳のときと同じ理屈が、そのまま当てはまります。
胎児はまだ未熟なので、関門側には「守る仕組み」が用意されています。
- P-糖タンパク質などの排出トランスポーター … 入ってきた異物を母体側へ汲み戻す
- 薬物代謝酵素 … 胎盤自体がCYPなどを持ち、胎児の未発達な代謝能力を補う
- Fc受容体 … ここだけ向きが逆で、「入れる」ための仕組み
Fc受容体は落としやすいので独立で覚えてください。 母体のIgGを膜透過させて胎児へ送り込むのがこの受容体の仕事です。新生児が生まれた時点で母親由来の抗体を持っているのは、これがあるからです。「有害なものは排除しつつ、必要なものは入れる」という関門の性格が、いちばんはっきり出ている場所です。
母乳移行:覚えるのは「母乳のpHは血漿より低い」だけ
母乳への移行は、暗記ではなく導出の単元です。単純拡散で移行するので、pH分配仮説がそのまま使えます。
覚えるのは「母乳のpHは血漿より低い(酸性側)」という一文だけ。そこから塩基性薬物が移行しやすいという結論を、毎回自分で導きます。
塩基性薬物の場合。 膜を通れるのは分子形でした。pHの高い血漿側ではH⁺が少ないので、平衡は分子形が増える側に寄ります。分子形が多い=通れる形が多いので、薬は母乳側へ移動します。 ところが母乳側はpHが低くH⁺が多いので、今度は平衡がイオン形が増える側に寄る。イオン形は膜を通れないので、戻れません。 行きやすく帰りにくい——結果として塩基性薬物は母乳に閉じ込められます。
酸性薬物はこの逆です。pHの高い血漿側ではイオン形が多くて出ていきにくく、pHの低い母乳側では分子形が多くて戻りやすい。だから母乳へは移行しにくいという結論になります。
この「行きやすく帰りにくい側にたまる」という読み方は、胃と小腸での吸収、尿細管での再吸収でもそのまま使えます。 母乳のpHだけ覚えておけば、酸性だったか塩基性だったかを忘れても、その場で作り直せます。
リンパ移行:分子量5,000で行き先が分かれる
リンパへ入るルートは2つあります。
① 皮下注射・筋肉内注射から。 静脈や動脈に直接打つわけではないので、薬はまず血管外組織液に入ります。そこから先が分子量で分かれます。
- 分子量5,000以下 … 毛細血管に回収されて循環血液中へ。リンパには入らない
- 分子量5,000より大きい … 毛細リンパ管へゆっくり吸収され、そこから循環血液中へ
毛細血管の壁は分子量の大きいものを通しません。 一方、毛細リンパ管の内皮は密着結合を作っておらず、重なり合った弁のような構造なので、大きな分子でも入れます。抗体医薬品のような高分子を皮下投与すると、主にリンパ系を経由して吸収されるのはこのためです。
そしてリンパの流れは血液に比べて桁違いに遅いので、ゆっくり時間をかけて循環血液へ移行します。 結果として血漿中の滞留性が長くなる——これがリンパ移行の最大の特徴で、そのまま持続化という製剤上の狙いにもなります。
② 腸管から。 消化管から吸収された薬は通常は門脈へ向かいますが、脂溶性がきわめて高いものはリンパ管経由で吸収されることがあります。ビタミンAなどが代表です。リンパを通るということは門脈を通らないということなので、肝初回通過効果を受けません。 経口投与で肝臓を避ける数少ないルートです。
国試ではこう問われる
第97〜111回の15年分では、リンパが15回すべて、レボドパも15回すべて、血液脳関門が10回、母乳が11回、フェキソフェナジンが10回登場します。とくに関門の実体を答えさせる必須問題は取りこぼせません。
| 回 | 問われ方 | ポイント |
|---|---|---|
| 第108回・問43(必須) | 血液脳関門の実体である細胞はどれか | 脳毛細血管内皮細胞。 周皮細胞・アストロサイト・脈絡叢上皮細胞が並べられる |
| 第100回・問42(必須) | 血液脳脊髄液関門の実体を形成している細胞はどれか | 脈絡叢上皮細胞。 上の問題とまるごと入れ替えて出されている |
| 第104回・問164 | 血液脳関門に関する記述(2つ選べ) | 正解は「密着結合のため経細胞的に透過しなければならない」と「血漿中非結合形分率の増大は脳内/血漿中の濃度比を上昇させる」 |
| 第108回・問170 | 薬物のリンパ系への移行(2つ選べ) | 「消化管からリンパ系を介して吸収された薬物は肝初回通過効果を受けない」「リンパ系に移行した薬物はゆっくりと全身に分布する」が正しい。「毛細リンパ管内皮細胞は密着結合を形成している」は誤り |
| 第103回・問195 | 薬物の乳汁移行(1つ選べ) | 正解は「M:P比に影響する要因は脂溶性・分子量・タンパク結合率・pKa」。「母乳pHは血漿pHよりも高値」は誤り |
掘り下げるなら第104回・問164です。この記事だけでなく、分布の4本全部が1問に詰め込まれています。
正解の選択肢1は、さきほど説明した「すき間が無いから細胞を貫くしかない」をそのまま文章にしたものです。正解の選択肢2が面白いところで、「血漿中非結合形分率の増大は、血漿中薬物濃度に対する脳内薬物濃度の比を上昇させる」。 脳に入れるのは非結合形だけなので、タンパク結合の手が緩めば、そのぶん脳へ行ける薬が増えます。関門の話がタンパク結合の話と直結しているわけです。
誤りの3つも、それぞれ狙いがはっきりしています。選択肢3「単純拡散のみで透過する薬物では、血漿中非結合形濃度よりも脳内非結合形濃度のほうが高くなる」——単純拡散だけなら平衡で等しくなります。 分布容積で「血漿中と組織中の非結合形濃度は等しくなる」と書いたのと同じ話です。選択肢4「P-糖タンパク質MDR1は、脳内/血漿中の非結合形濃度比を上昇させる」——P-糖タンパク質は汲み出す側なので、比は低下します。向きを逆にしただけの引っかけです。
そして選択肢5「カルビドパはLAT1を介して脳移行する」。 LAT1で脳へ入るのはレボドパのほうです。カルビドパはそもそも血液脳関門を通れません。 通れないからこそ、末梢でのみドパ脱炭酸酵素を阻害して、レボドパが脳に届く前に分解されるのを防ぐという役割が成立します。通れないことが薬効の前提になっている薬を、「通れる」と書き換えた選択肢です。レボドパとカルビドパの組合せを「配合剤」としてだけ覚えていると、ここで差がつきません。
まとめ
- 血液脳関門(BBB)の実体は脳毛細血管内皮細胞。 密着結合ですき間が無いので、細胞を貫いて(経細胞的に)通るしかない
- だからBBBでは脂溶性が高い・分子量が小さいほど通りやすい。非結合形分率が上がれば脳内移行も増える
- 排出系のP-糖タンパク質は血液側の細胞膜にあり、シクロスポリン・ビンクリスチン・フェキソフェナジンを汲み戻す。アレグラが眠くなりにくい理由
- 取込系はGLUT1(グルコース)・LAT1などのアミノ酸輸送体。 レボドパはLAT1で脳へ入る(ドパミンは入れない)。インスリンは受容体介在型膜動輸送
- 血液脳脊髄液関門(BCSFB)の実体は脈絡叢上皮細胞。 毛細血管のほうは有窓性でツーツーで、せき止めているのは上皮側
- BCSFBでは有機アニオン輸送系が脳脊髄液→血液の向きに排出し、β-ラクタム系抗菌薬が追い出される
- 血液胎盤関門の実体は合胞体性栄養膜細胞。 基本は単純拡散で、分子量300〜600程度で脂溶性が高いと通りやすい
- 胎盤はP-糖タンパク質と薬物代謝酵素で守り、Fc受容体で母体のIgGを入れる
- 母乳のpHは血漿より低い。 単純拡散+pH分配仮説から、塩基性薬物が母乳に移行しやすいと毎回導ける
- リンパ移行は分子量5,000が境目。 5,000以下は毛細血管、5,000より大きいと毛細リンパ管へ。リンパは流れが遅いので血漿中滞留性が長くなる
- 腸管からリンパへ入るのは高脂溶性のもの(ビタミンAなど)。 リンパ経由は肝初回通過効果を受けない
次は薬物代謝の基礎とCYPの分子種の覚え方を読んでみてください。吸収と分布が終わって、ここからは「体に入った薬をどう作り替えて捨てるか」という代謝の話に移ります。
薬剤を、1枚の地図として頭に入れませんか
この記事の冒頭に載せたマインドマップは、薬剤という科目のほんの一区画です。実際には、吸収から分布・代謝・排泄、そして製剤設計までが、1枚の地図としてひと続きにつながっています。
解説授業は、その地図を端から端まで、実際にたどりながら話していく全33本・約11時間。「なぜこの薬がここで出てくるのか」「さっき覚えたあの話が、どこにつながるのか」が、バラバラの知識ではなく流れとして入ってきます。細切れに暗記してきたものが、1本の線になる感覚です。
薬剤のマインドマップPDF+解説授業セットは¥9,450。無料のサンプル動画とサンプルPDFがあるので、この「たどる」感覚が自分に合うかどうかは、先に確かめられます。