代謝と活性化

化学発がんの仕組み|イニシエーション・プロモーションと一次/二次発がん物質【薬剤師国家試験】

化学物質と発がんのマインドマップ
化学物質と発がんのマインドマップ

第Ⅰ相反応と第Ⅱ相反応をひととおり追いかけてきました。ここからは、その代謝が毒を作ってしまう側に働いたとき、体の中で何が起きるのかを見ていきます。

この単元は、細かい物質名を覚える前に枠組みを2つ押さえてしまうのが近道です。ひとつは「がんは2段階でできる」というイニシエーション/プロモーションの話。もうひとつは「発がん物質には、代謝が要るものと要らないものがある」という一次/二次の話です。

この2つは別々の分け方で、混ぜると必ず崩れます。1つめは「がんになるプロセスのどの段階で効くか」、2つめは「その物質自身が効くのか、代謝物が効くのか」。軸が違います。この記事でその2本の軸を立てて、次の3本で二次発がん物質の中身(活性本体3種)を1つずつ見ていきます。

この記事は、もともと解説授業の動画で話している内容を記事に起こしたものです。衛生の講義はYouTubeで全編無料公開しているので、読むより耳から流し込みたい人はそちらもどうぞ。

発がんは2段階|イニシエーションとプロモーション

発がんの2段階
発がんの2段階

図のとおり、流れは3つの状態と2つの矢印でできています。

正常細胞 →(イニシエーション)→ 変異細胞 →(プロモーション)→ がん細胞

  • イニシエーション(変異)……DNAが傷ついて、変異細胞ができる段階。ここで働くのが発がんイニシエーター
  • プロモーション(増殖)……できた変異細胞が増えていく段階。ここで働くのが発がんプロモーター

言葉の意味からいくと覚えやすいです。イニシエーションは「通過儀礼」、つまり最初の一歩。成人式がイニシエーションだ、という使い方をしますよね。プロモーションは「プロモーションビデオ」の promote、つまり推し進める。そのままの意味です。

ここで大事なのは、プロモーターだけでは、がんはできないということです。イニシエーターで変異細胞ができていないと、いくら増殖刺激をかけても増える変異細胞がありません。逆に、イニシエーターを1回浴びただけでプロモーターが来なければ、変異細胞は変異細胞のまま止まることが多い。引き金(イニシエーター)と、その後の追い打ち(プロモーター)がそろって初めてがんになる、という2段階モデルです。

発がんプロモーターは「物質名+部位」で覚える

プロモーターは5つだけなので、物質名と発がん部位をペアで丸ごと覚えてしまうのが得です。皮膚はホルボールエステル(TPA)とオカダ酸、胃は食塩、大腸は胆汁酸(デオキシコール酸など)、肝臓はフェノバルビタールです。

皮膚の2つだけ語呂があります。

ほおの皮膚

ホルボールエステル・オカダ酸 → 皮膚

残りの3つは、理屈で引っぱれます。食塩をとりすぎると胃がん、脂っこいものを食べると胆汁酸が出て大腸がん、フェノバルビタールは肝臓で代謝される薬だから肝。「薬は肝臓に負担をかける」という感覚とつながっていれば、フェノバルビタール=肝は落としません。

フェノバルビタールの構造
フェノバルビタールの構造

フェノバルビタールは構造式で出てくることがあります。六員環に、二重結合のO(カルボニル)が3つついたバルビツール酸骨格に、エチル基とフェニル基。この「Oが3つトントントン」の形だけ覚えておけば見分けられます。

オカダ酸に注意。 オカダ酸は下痢性貝毒としても国試に出ます(第108回 問131など、ムラサキイガイ・下痢)。毒としての顔と、発がんプロモーターとしての顔の2つがある物質なので、どちらで問われているか読み分けてください。貝毒としての側面は動物性自然毒で扱っています。

一次発がん物質(直接発がん物質)|代謝を受けずにDNAを攻撃する

もうひとつの軸に移ります。発がん物質そのものが効くのか、代謝物が効くのかという分け方です。

一次発がん物質(=直接発がん物質)は、代謝酵素が関与せず、そのままの形でDNAと反応して発がん性を示すものです。

マスタードガスとナイトロジェンマスタード
マスタードガスとナイトロジェンマスタード

代表として覚えるのはナイトロジェンマスタードの1つで十分です。

図を見ると、構造の真ん中にS(硫黄)があるのがマスタードガス、N(窒素)に変わっているのがナイトロジェンマスタード。どちらも両腕に -CH₂-CH₂-Cl を持っているのが特徴です。この塩素が外れて、中央のSやNがプラスに帯電した三員環(オニウムイオン)になり、そこへDNAが飛び込んでアルキル化される——という流れが、代謝酵素なしで起こります。だから一次発がん物質です。

マスタードガスは化学兵器として使われたもので、においで気づかれてしまうため、硫黄を窒素に置き換えて無臭にしたのがナイトロジェンマスタード、という経緯があります。そしてこれが、抗がん剤シクロホスファミドの開発のもとになりました。「DNAをアルキル化する」という同じ性質が、片方では発がん、片方では抗がん剤になっているわけです。

化学兵器としての歴史は国試には出ません。「ナイトロジェンマスタード=一次発がん物質」「シクロホスファミドの原型」の2点だけ押さえてください。

二次発がん物質(間接発がん物質)|活性本体になって初めて効く

二次発がん物質(=間接発がん物質)は、それ自体には発がん性がなく、体内で代謝されて別の分子になってからDNAを攻撃します。この「代謝されてできた、実際に悪さをする分子」を活性本体(究極発がん物質ともいいます)と呼びます。

ここで、これまで学んできた代謝がそっくり効いてきます。CYPによる酸化も、抱合反応も、解毒のためにやっているはずの反応が、相手によっては活性本体を作ってしまう。これが衛生で代謝を学ぶ最大の理由です。

活性本体は、国試に出るかぎりでは3種類しかありません。

活性本体 できかた 代表物質
エポキシド CYPによるエポキシ化 ベンゾ[a]ピレン、アフラトキシンB₁、スチレン、塩化ビニル
ニトレニウムイオン N-水酸化 → アセチル抱合/硫酸抱合 2-ナフチルアミン、Trp-P-1、2-アセチルアミノフルオレン
メチルカチオン N-脱メチル化など ジメチルニトロソアミン、サイカシン

この3つを、次の3本の記事で1つずつ分解していきます。ここでは「二次発がん物質 → 代謝 → 活性本体 → DNA修飾」という矢印の並びだけ、先に頭に入れておいてください。

2つの軸を混ぜない

最後にもう一度、2本の軸を並べておきます。

軸 分類
軸① がんのどの段階で効くか イニシエーター / プロモーター
軸② 代謝が必要か 一次(直接)発がん物質 / 二次(間接)発がん物質

軸②の一次・二次は、どちらもイニシエーターの内訳です。図の下半分を見てください。「発がんイニシエーター」から枝が分かれて、片方が1次発がん物質、もう片方が代謝物(活性体)で、その代謝物の出どころが2次発がん物質になっています。つまり、

一次・二次の話は、イニシエーターの話。プロモーターはそれとは別枠。

ここさえ外さなければ、「フェノバルビタールは一次発がん物質か?」のような問いに引っかかりません(フェノバルビタールはプロモーターであって、イニシエーターではありません)。

国試ではこう問われる

発がんプロモーターは過去15年で7回登場し、そのうち直近5年で3回。安定した頻出項目です。

  • 第106回 問21「大腸がんのプロモーターはどれか」。選択肢に12-O-テトラデカノイルホルボール-13-アセテート(TPA)、食塩、デオキシコール酸が並びます。上の組み合わせがそのまま選択肢になっている形で、部位とセットで覚えていれば即答できます(大腸=胆汁酸=デオキシコール酸)。
  • 第100回 問20「強力な発がんプロモーターとして知られている化学物質はどれか」。選択肢はアフラトキシンB₁、ジメチルニトロソアミン、サイカシン、プタキロシド、オカダ酸。プロモーター以外はすべてイニシエーター側(発がん物質)という作りで、まさに軸①と軸②を混ぜられる問題です。
  • 第109回 問136は、マウスの背部皮膚に化学物質A・B・Cを塗る実験図を読ませて、「Aにはイニシエーターとしての作用はない」「Bには発がんプロモーターとしての作用がある」といった記述の正誤を問いました。1回だけ塗ってから別の物質を連続塗布するという実験デザインそのものが、イニシエーション/プロモーションの2段階モデルの再現です。「1回だけ塗る=イニシエーター役」「週2回塗り続ける=プロモーター役」と読めれば図が解けます。
  • 第101回 問132は発がん物質A〜Eの構造を並べて代謝と発がん作用を問う問題で、選択肢1が「Aは、それ自身がDNAと反応する一次発がん物質である」。Aの構造は H₃C-N(CH₂CH₂Cl)₂、つまりナイトロジェンマスタードでした。構造で出されることがあるので、両腕の -CH₂CH₂Cl を見たら一次発がん物質、と反応できるようにしておきましょう。

まとめ

  • 発がんは2段階。正常細胞 →(イニシエーション)→ 変異細胞 →(プロモーション)→ がん細胞
  • イニシエーター=引き金、プロモーター=増殖を進める。プロモーターだけではがんにならない
  • プロモーターは物質+部位で暗記。ホルボールエステル・オカダ酸=皮膚(語呂「ほおの皮膚」)、食塩=胃、胆汁酸=大腸、フェノバルビタール=肝
  • 一次(直接)発がん物質=代謝酵素が関与せずDNAと反応。代表はナイトロジェンマスタード(シクロホスファミドの原型)
  • 二次(間接)発がん物質=代謝されて活性本体になってから効く。活性本体はエポキシド・ニトレニウムイオン・メチルカチオンの3種類
  • 一次/二次はイニシエーターの内訳。プロモーターとは別の軸

次は活性本体①エポキシド|アフラトキシンB₁とベンゾ[a]ピレンが発がん物質になるまでを読んでみてください。

動画で学びたい人へ

この内容は、YouTubeの講義動画でも解説しています。該当箇所から再生されます。

衛生を、1枚の地図として頭に入れませんか

この記事の冒頭に載せたマインドマップは、衛生という科目のほんの一区画です。実際には、保健統計・疫学から疾病の予防、食品衛生、化学物質の毒性、生活環境までが、1枚の地図としてひと続きにつながっています。

衛生は覚えることが多い科目ですが、数字や分類を単体で暗記しようとすると、似たものどうしが混ざって崩れます。「この物質がどの分類に入って、どの法律で規制されているのか」が地図として見えていると、覚える量そのものが減ります。

衛生のマインドマップ(¥3,500)は、その全体像を1枚に収めたPDFです。地図をたどりながら話す講義動画はYouTubeで全編無料公開しているので、この進め方が自分に合うかどうかは先に確かめられます。

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