
前の記事で、有機リン剤は「〜チオン(P=S)がP450で脱硫されて〜オキソン(P=O)になる」と書きました。
ここが分かっていると、じつは農薬の名前を見るだけで、その薬がどちらの型なのかが判断できます。この単元がおもしろいのはそこです。7つの構造式を丸暗記するのではなく、名前の読み方のルールを1つ覚えて、あとはそこから引く。
まずルールから入りましょう。
この記事は、もともと解説授業の動画で話している内容を記事に起こしたものです。衛生の講義はYouTubeで全編無料公開しているので、読むより耳から流し込みたい人はそちらもどうぞ。
Contents
名前の語尾で「SがあるかPがあるか」が分かる
有機リン剤の名前は、大きく2つのグループに分かれます。
「〜チオン」= S(硫黄)がある = P=S型 「〜ホス」「〜ボス」= P(リン)を指している
「チオ(thio-)」は化学で硫黄を表す接頭語、「ホス(phos-)」はリンを表す接頭語です。つまり名前がそのまま構造のヒントになっている。
この分け方で7剤を並べると、こうなります。
- 〜チオン系(P=S型) …… パラチオン、フェニトロチオン、マラチオン
- 〜ホス/〜ボス系 …… ジクロルボス、クロルピリホス、メタミドホス
- 例外的な名前 …… ダイアジノン
「〜チオン」のついたものは、そのままではコリンエステラーゼを阻害できません。P450による酸化的脱硫でオキソン型に変わってはじめて毒になる。つまり代謝的活性化が必要です。
逆に、最初からP=O型のもの(ジクロルボス・メタミドホス)は、代謝的活性化なしでいきなり効きます。ここは国試で狙われるので、名前と一緒に覚えてください。
ただし「〜ホス」がついていてもP=S型のものがある(クロルピリホス)。名前は入口であって、最後は構造で確認します。
7剤を1つずつ見ていく
ここがこの単元の中心です。1剤ずつ、リンについている基と加水分解で生じる物質を確認していきます。
パラチオン ── p-ニトロフェノールを生じる、使用禁止の第1世代
P=S型。リンにジエチル(OC₂H₅が2つ)、そしてp-ニトロフェニル基がついています。
- 加水分解でp-ニトロフェノールを生じる
- 選択毒性がなく毒性が強すぎたため、現在は使用禁止
ニトロ基がパラ位(ベンゼン環の反対側)にあるので「p-ニトロフェノール」。この「どの位置にニトロ基があるか」が、次のフェニトロチオンとの違いになります。
フェニトロチオン ── p-ニトロ-m-クレゾールを生じる、改良版
パラチオンによく似た形ですが、ベンゼン環にメチル基(CH₃)が1つ増えています。そしてリン側はジメチル(OCH₃が2つ)。
- 加水分解でp-ニトロ-m-クレゾールを生じる
- パラチオンより低毒性(改良されたもの)
「クレゾール」はメチル基のついたフェノールのこと。メチル基が増えた分、生じる代謝物の名前も「フェノール」から「クレゾール」に変わる、という対応で覚えると混ざりません。
| 構造の違い | 加水分解で生じるもの | |
|---|---|---|
| パラチオン | ベンゼン環はニトロ基のみ | p-ニトロフェノール |
| フェニトロチオン | ベンゼン環にメチル基が1つ多い | p-ニトロ-m-クレゾール |
マラチオン ── 「選択毒性がある」有機リン剤の代表
7剤のなかでいちばん国試に出る論点を持っているのがマラチオンです。
構造を見ると、P=S型であることに加えて、カルボン酸エステル(-COOC₂H₅)が2か所ついています。この部分が運命を分けます。
- 昆虫では …… シトクロムP450が酸化的脱硫をしてオキソン型に活性化され、コリンエステラーゼを阻害する(毒性が高い)
- ヒト(哺乳動物)では …… カルボキシエステラーゼがカルボン酸エステルを先に加水分解してしまい、解毒される(毒性が低い)
昆虫もカルボキシエステラーゼを持ってはいるのですが、活性が弱い。だから昆虫では活性化のほうが勝ち、ヒトでは解毒のほうが勝ちます。
これが「選択毒性」です。同じ薬が、生き物によって毒にも無毒にもなる。
初期の有機リン剤(パラチオン)に選択毒性がなかったという話の、答えにあたる薬がマラチオンです。
ジクロルボス ── 最初からオキソン型
名前に「ボス」= P、そして「ジクロル」= Clが2個。構造もそのとおりで、塩素が2つついた二重結合と、P=Oがあります。
- 最初からオキソン型なので、P450による代謝的活性化(脱硫反応)が不要
- そのぶん速効性がある
「代謝的活性化を受けてから阻害する」という記述が出てきたら、ジクロルボスでは誤りになります。
クロルピリホス ── ピリジン環をもつ、シックハウスの原因物質
名前に「ホス」が入っていますが、構造はP=S型です。ここだけは名前どおりにいかないので注意してください。
- ピリジン環(六員環に窒素が1つ)に塩素が3つ
- リン側はP=S、ジエチル
用途と規制のほうが重要です。
- シロアリ駆除剤として使われた
- シックハウス症候群の原因物質のひとつ
- 室内濃度指針値が設定されている(1 µg/m³、小児は0.1 µg/m³ ※2000年設定、2026年9月時点で改定なし)
ダイアジノン ── これもシックハウス
こちらもシックハウス症候群の原因物質で、室内濃度指針値が設定されています(0.29 µg/m³ ※2001年設定、2026年9月時点で改定なし)。
構造は、六員環に窒素が2つ(ピリミジン環)、そしてP=S。クロルピリホスが「窒素1つのピリジン+Cl3つ」、ダイアジノンが「窒素2つのピリミジン+アルキル基」と対にすると、構造が思い出しやすくなります。
講義では、ダイアジノンを「ダイワハウス」と結びつけて、ハウス = シックハウスの原因物質だと覚えるやり方を紹介しています。クロルピリホスも同じくシックハウスの原因物質なので、「室内濃度指針値のある有機リン剤は2つある」とセットで押さえておくと取りこぼしません。
メタミドホス ── 輸入冷凍食品から検出された
名前に「ホス」= P。構造はP=O(オキソン型)で、メチル基・メトキシ基・アミノ基がついたシンプルな形です。
- 過去に輸入冷凍食品から検出され、大きな問題になった(2008年の冷凍ギョーザ事件)
- コリンエステラーゼ阻害作用はあるが、日本では農薬登録されていない
「毒性はあるが、日本では農薬として使われていない」という位置づけが、そのまま出題ポイントになります。
7剤まとめ表
| 農薬名 | 型 | 構造の目印 | 覚えるポイント |
|---|---|---|---|
| パラチオン | P=S | ジエチル+p-ニトロフェニル | 加水分解でp-ニトロフェノール/使用禁止 |
| フェニトロチオン | P=S | ベンゼン環にメチル基が1つ多い | 加水分解でp-ニトロ-m-クレゾール/パラチオンより低毒性 |
| マラチオン | P=S | カルボン酸エステルが2か所 | 選択毒性。ヒトはカルボキシエステラーゼで解毒、昆虫はP450で活性化 |
| ジクロルボス | P=O | Clが2個、二重結合 | 最初からオキソン型=代謝的活性化不要 |
| クロルピリホス | P=S | ピリジン環+Cl3つ | シロアリ駆除剤/シックハウス/室内濃度指針値あり |
| ダイアジノン | P=S | ピリミジン環(N2つ) | シックハウス/室内濃度指針値あり |
| メタミドホス | P=O | S-メチル、アミノ基 | 輸入冷凍食品から検出/日本では農薬登録なし |
国試ではこう問われる
第103回 問21「ほ乳動物の体内で、有機リン系農薬マラチオンを代謝して無毒化する酵素はどれか。1つ選べ」。正答はカルボキシエステラーゼ。誤答選択肢にはN-アセチル転移酵素、グルタチオンS-転移酵素、硫酸転移酵素といった抱合酵素が並びます。「無毒化=抱合」と早合点すると外す問題です。マラチオンの解毒は加水分解です。
第107回 問132の選択肢1「フェニトロチオンは、シトクロムP₄₅₀による酸化的脱硫反応により代謝的活性化を受けてアセチルコリンエステラーゼを阻害する」が正答。「〜チオン → 酸化的脱硫 → オキソン」という流れが、薬剤名を変えてそのまま問われます。
第106回 問131では、逆に「フェニトロチオンは、近位尿細管細胞に蓄積して腎障害を引き起こす」という誤り選択肢が出ています。近位尿細管に蓄積して腎障害を起こすのはカドミウムです。標的臓器を入れ替える引っかけです。
第100回 問123「米を汚染する可能性が高い有害化学物質はどれか」の選択肢にメタミドホスが入っています。事故米事件の文脈で出てきました。
第110回 問231(実践)は虫よけ剤の成分を選ばせる問題で、ジクロルボスが誤答選択肢に入っています(正答はディートとイカリジン)。殺虫剤と忌避剤(虫よけ)は別物、という区別です。
表から読み取れること:過去15年で単独の問題になっているのはマラチオン・フェニトロチオン・ジクロルボスの3剤です。構造式をすべて書けるようにする必要はありません。「名前から型が言えるか」「マラチオンの選択毒性が説明できるか」「シックハウスの2剤が言えるか」、この3つに絞って仕上げてください。
まとめ
- 「〜チオン」= S がある(P=S型)。P450による酸化的脱硫でオキソン型になってはじめて毒になる
- 「〜ホス」「〜ボス」= P。ただしクロルピリホスはP=S型なので例外扱い
- 最初からP=O型なのはジクロルボスとメタミドホス ── 代謝的活性化が不要
- パラチオン → p-ニトロフェノール、フェニトロチオン → p-ニトロ-m-クレゾール(メチル基の分だけクレゾールになる)
- マラチオンは選択毒性。ヒトはカルボキシエステラーゼで解毒、昆虫はP450で活性化
- シックハウス症候群の原因になり、室内濃度指針値があるのはクロルピリホスとダイアジノン
- メタミドホスは輸入冷凍食品から検出。日本では農薬登録されていない
次はジピリジリウム系除草剤パラコート|治療法がなく肺線維症に至る機序を読んでみてください。ここまでとは系統が変わり、コリンエステラーゼとはまったく別の毒性の出し方をします。
動画で学びたい人へ
この内容は、YouTubeの講義動画でも解説しています。該当箇所から再生されます。
衛生を、1枚の地図として頭に入れませんか
この記事の冒頭に載せたマインドマップは、衛生という科目のほんの一区画です。実際には、保健統計・疫学から疾病の予防、食品衛生、化学物質の毒性、生活環境までが、1枚の地図としてひと続きにつながっています。
衛生は覚えることが多い科目ですが、数字や分類を単体で暗記しようとすると、似たものどうしが混ざって崩れます。「この物質がどの分類に入って、どの法律で規制されているのか」が地図として見えていると、覚える量そのものが減ります。
衛生のマインドマップ(¥3,500)は、その全体像を1枚に収めたPDFです。地図をたどりながら話す講義動画はYouTubeで全編無料公開しているので、この進め方が自分に合うかどうかは先に確かめられます。