
乱用薬物の最後です。コカイン・大麻・LSD・サイロシン・MDMAと、名前だけ見るとバラバラに見えますが、この5つは1本の軸で並べられます。
尿に未変化体が出るか、出ないか。
前回の覚せい剤は「未変化体が主」でした。ここで扱う物質の多くはその逆です。そして「なぜ出ないのか」の答えは、全部が構造の中に書いてあります。
構造のどこが代謝を受けるのかを1つずつ指させるようになれば、この単元は丸暗記から解放されます。
この記事は、もともと解説授業の動画で話している内容を記事に起こしたものです。衛生の講義はYouTubeで全編無料公開しているので、読むより耳から流し込みたい人はそちらもどうぞ。
Contents
1本の軸 ── 尿中の検出対象
先に結論の表を置きます。ここから先は、この表の「理由」の欄を構造で説明していくだけです。
| 物質 | 尿中の検出対象 | 理由(構造のどこが壊れるか) |
|---|---|---|
| メタンフェタミン | 未変化体 | 壊れやすい部分がない |
| MDMA | 主に未変化体 | メタンフェタミンの仲間 |
| コカイン | 代謝物(ベンゾイルエクゴニン) | エステル結合が加水分解される |
| Δ⁹-THC(大麻) | 代謝物(THCカルボン酸体) | 11位のアリル位が酸化される |
| LSD | 代謝物(未変化体は出にくい) | N上のアルキル基が脱アルキル化される |
「壊れる場所があるかどうか」だけです。エステル結合があれば切れる、アリル位があれば酸化される、Nにアルキルがついていれば外れる。第Ⅰ相反応で習った内容が、そのまま検査の話になっているのがこの単元の面白いところです。
コカイン ── トロパン骨格とエステル結合

コカインの骨格はトロパン骨格です。図の赤く塗られた、7角形がねじれたような二環性の骨格がそれにあたります。
押さえる点は3つです。
① 塩基性を示すのは、環の中の窒素
トロパン骨格のNが非共有電子対をもつので、コカインは塩基性です。
② エステル結合が2つある
図で青く囲まれている2か所がエステル結合です。ここがカルボキシエステラーゼなどで速やかに加水分解されます。
だから尿中に未変化体がほとんど出ません。 検査で捕まえるのは代謝物のベンゾイルエクゴニンです。
③ 作用は中枢興奮
コカインは中枢興奮作用を示します。抑制ではありません。「多幸感=中枢抑制」と書いてある選択肢は誤りです。
依存の性質は覚せい剤と同じ方向で、精神依存が強く身体依存は起こりにくい。また血管収縮作用があるため、妊婦が摂取すると胎児への血流量が減少し、早産・流産などのリスクが上がります。ここは実践問題で正面から問われています。
大麻(Δ⁹-THC) ── 11位のアリル位が酸化される

大麻の向精神作用の本体はΔ⁹-テトラヒドロカンナビノール(THC)です。乾燥させた葉がマリファナと呼ばれます。
① 11位のCH₃は「アリル位」
図のとおり、11位のメチル基は二重結合の隣にあります。二重結合の隣の炭素=アリル位で、ここはCYPによる酸化をきわめて受けやすい場所です。
だからTHCは代謝されやすく、尿中に未変化体はほとんど出ません。 検出対象は代謝物のTHCカルボン酸体です。
アリル位が酸化されやすいという話そのものは第Ⅰ相の酸化反応で扱っています。「酸化されやすい部位」の知識が、そのまま「尿検査で何を測るか」に直結する好例です。
② THCには窒素がない
見落としやすい点です。モルヒネにも覚せい剤にもコカインにも窒素がありましたが、THCの構造に窒素はありません。
窒素がない → アルカロイドではない。
ヘロインは「合成品だからアルカロイドではない」でしたが、THCは「そもそも窒素がないからアルカロイドではない」。同じ結論に、違う理由でたどりつくので、混ぜないように注意してください。
③ 検査は尿を検体とするキットでよい
尿を検体とする簡易検査キットが使えます。予試験としてはデュケノア試薬が大麻に対応しています(中毒の予試験の覚え方)。マルキス試薬ではありません。
大麻の法律上の扱いは2024年12月に変わっている
衛生で覚えるのは体内動態と検査ですが、法制度は2024年(令和6年)12月12日施行の改正で根本から変わりました。
- 旧「大麻取締法」は「大麻草の栽培の規制に関する法律」に改称された
- 大麻は、麻薬及び向精神薬取締法上の「麻薬」に位置づけられた
- これにより、使用(施用)そのものが罰則の対象になった
改正前の過去問・問題集には「大麻取締法」がそのまま選択肢に出てきます。法律名と大麻の位置づけの両方を読み替えて解いてください。 制度の詳細と改正の趣旨は麻薬及び向精神薬取締法における「麻薬」の定義と大麻の法改正、栽培規制の側は大麻草栽培規制法とあへん法にまとめてあります。
幻覚剤① LSD ── トリプタミン構造+ジエチルアミド

幻覚剤で扱うのはLSD・サイロシン・MDMAの3つです。このうちLSDとサイロシンは、どちらも「トリプタミン構造」をもっています。
トリプタミン構造は、アミノ酸のトリプトファンが脱炭酸してできる形です。上の図で、トリプトファンからCOOHが取れた部分がそれにあたります。トリプトファンを描いてCOOHを消す、これがいちばん早い思い出し方です。

LSDの本名はリゼルギン酸ジエチルアミドです。構造は、
トリプタミン構造(青) + ジエチルアミド(緑)
名前と構造が対応しています。「リゼルギン酸」の部分にトリプタミン構造が含まれ、「ジエチルアミド」はNにエチル基が2本ついたアミド結合です。

そして代謝です。図の矢印が指しているとおり、窒素にアルキル基(メチル基・エチル基)がいくつもついています。
CYPによる脱アルキル化(N-脱メチル化など)を受けやすい → 尿中に未変化体が出にくい。
「Nにアルキルがぶら下がっていたら外される」、これだけです。
幻覚剤② サイロシン ── マジックマッシュルーム

サイロシンもトリプタミン構造をもちます。緑で囲まれた部分がそれで、そこにOHとN上のCH₃が2つついた形です。
由来はマジックマッシュルーム(シビレタケなど)を乾燥させたもの。
ここは食中毒の単元とつながります。毒キノコ食中毒の4分類で扱ったサイロシビンは、体内でサイロシンに変換されて作用します。「毒キノコ」として食中毒側から入る道と、「幻覚剤」として乱用薬物側から入る道の両方があるので、どちらから問われても答えられるようにしておいてください。
幻覚剤③ MDMA ── メタンフェタミンの亜種

MDMAは名前が構造そのものです。
MD = 3,4-メチレンジオキシ(ベンゼン環に O-CH₂-O の5員環が架かった形) MA = メタンフェタミン
つまりメタンフェタミンのベンゼン環に、メチレンジオキシ環がくっついたもの。図の緑の部分がメタンフェタミン、左の五角形がメチレンジオキシです。
ここから2つの帰結が出ます。
① シモン反応が陽性
メタンフェタミンの部分をそのままもっているので、窒素は2級アミンです。
2級アミン → シモン反応陽性。 覚せい剤で使った判定がそのまま効きます。
② 検出対象は未変化体

MDMAの代謝は主に未変化体のままで、一部がメチレンジオキシ環の脱メチレン化を受けます。検出対象は未変化体です。
錠剤型の麻薬として流通する点も押さえておいてください。
動画では、脱メチレン化によって「メスカリンに戻る」と説明されていますが、これは誤りです。 メスカリンはサボテン由来の別の幻覚剤(3,4,5-トリメトキシフェネチルアミン)で、MDMAの代謝物ではありません。脱メチレン化で生じるのはジヒドロキシ体です。マインドマップ側には「脱メチレン化」としか書かれておらず、そちらが正しい記載です。
国試ではこう問われる
① 未変化体が出るかどうかを正面から聞く(第104回 問238)
大麻に関する記述で誤っているものを選ぶ問題。誤りだったのは、
「大麻の向精神作用の本体は代謝されにくいため、尿中から主として未変化体が検出される」
代謝されにくい・未変化体が出る、という2点が両方とも逆です。正しい選択肢のほうには「乾燥させた葉は一般にマリファナと呼ばれる」「向精神作用の本体はテトラヒドロカンナビノールである」「尿を検体とするキットで簡易検査できる」が並んでいました。
② 代謝物として検出されること+検出試薬(第111回 問132)
- 「Δ⁹-THCは代謝を受けやすいため、尿中から代謝物として検出される」 → 正しい
- 「Δ⁹-THC及びカンナビジオールの検出には、マルキス試薬が用いられる」 → 誤り(デュケノア試薬)
同じ問題の中で、正しい記述と誤った記述が両方置かれている構成です。「代謝されやすい」は正、「マルキス」は誤。ここを一度に確認できる良問なので、通しで見ておく価値があります。
③ コカインの構造・代謝・作用機序(第105回 問240-241)
実践問題で、正しかったのは次のような記述です。
- 体内で速やかに加水分解され、尿中に排泄される(エステル結合があるため)
- 妊婦が摂取すると、血管収縮作用により胎児への血流量が減少する
- 一時的に集中力が上がったような錯覚が生じる
誤り選択肢には「中枢抑制作用により多幸感が生じる」「身体依存が生じやすい」「耐性が生じるのは代謝物としてΔ⁹-THCが生成するため」といった、他の薬物の性質を混ぜ込んだものが並びました。コカインとTHCは別物です。
④ 予試験との組合せ(第110回 問133)
Δ⁹-THC=デュケノア試薬の組合せが正解の1つとして出題されています(中毒の予試験の覚え方)。
まとめ
- 軸は「尿に未変化体が出るか」。出る=メタンフェタミン・MDMA / 出ない=コカイン・THC・LSD
- コカイン…… トロパン骨格、Nが塩基性、エステル結合が加水分解されるので未変化体が出ない(検出はベンゾイルエクゴニン)。中枢興奮、精神依存、血管収縮で胎児への血流減少
- Δ⁹-THC…… 11位のアリル位が酸化されやすく未変化体が出ない(検出はTHCカルボン酸体)。窒素がないのでアルカロイドではない。予試験はデュケノア試薬
- 大麻は2024年12月12日施行の改正で麻向法の「麻薬」になり、使用罪も適用される。旧法名は大麻取締法
- LSD…… トリプタミン構造+ジエチルアミド。本名はリゼルギン酸ジエチルアミド。N上のアルキル基が脱アルキル化されるので未変化体が出にくい
- サイロシン…… トリプタミン構造。マジックマッシュルーム由来。毒キノコのサイロシビンとつながる
- MDMA…… 3,4-メチレンジオキシ + メタンフェタミン。2級アミンなのでシモン反応陽性。錠剤型で検出対象は未変化体
これで乱用薬物の4記事は終わりです。
次は毒性試験とADI・TDI・VSDを読んでみてください。ここまで「化学物質がどう毒になるか」を追ってきましたが、ここからは「どこまでなら大丈夫かを、誰がどう決めているのか」に移ります。
動画で学びたい人へ
この内容は、YouTubeの講義動画でも解説しています。該当箇所から再生されます。
衛生を、1枚の地図として頭に入れませんか
この記事の冒頭に載せたマインドマップは、衛生という科目のほんの一区画です。実際には、保健統計・疫学から疾病の予防、食品衛生、化学物質の毒性、生活環境までが、1枚の地図としてひと続きにつながっています。
衛生は覚えることが多い科目ですが、数字や分類を単体で暗記しようとすると、似たものどうしが混ざって崩れます。「この物質がどの分類に入って、どの法律で規制されているのか」が地図として見えていると、覚える量そのものが減ります。
衛生のマインドマップ(¥3,500)は、その全体像を1枚に収めたPDFです。地図をたどりながら話す講義動画はYouTubeで全編無料公開しているので、この進め方が自分に合うかどうかは先に確かめられます。