
ここからは、中毒が起きたあとの話に入ります。
これまでの単元では「この物質はこういう毒性を示す」という話をしてきました。有機リン系ならコリンエステラーゼ、シアンならシトクロムオキシダーゼ、という具合です。ところが現場では、順番が逆になります。
倒れた人が運ばれてきて、何を飲んだのか分からない。 そこから始まります。
このとき、原因物質の見当をつけるためにその場でやる簡単な試験が予試験です。覚える量は多くありません。「疑う物質」と「試験の名前」と「何色に変わるか」の3点セットを、物質ごとに並べるだけで終わります。
この記事は、もともと解説授業の動画で話している内容を記事に起こしたものです。衛生の講義はYouTubeで全編無料公開しているので、読むより耳から流し込みたい人はそちらもどうぞ。
Contents
予試験とは何か ── 「処置を早く始めるため」の試験
予試験の定義はこれです。
中毒を早急に処置するために行う、簡単・鋭敏・迅速な試験。
この「簡単・鋭敏・迅速」の3語が定義そのものです。確定診断のための精密分析(GC-MSなど)は、あとから時間をかけてやればいい。予試験に求められるのは精度ではなく、その場で方向を決められることです。
だから予試験は、試験紙の色や金属片の変色といった、目で見て分かる形をとります。特別な装置を必要としないのが条件だからです。
3つの古典的な予試験
講義とマインドマップで扱うのはこの3つです。
| 疑う物質 | 予試験 | 見るもの |
|---|---|---|
| シアン | シェーンバイン法 | グアヤク試験紙が青変 |
| 有毒金属(水銀・ヒ素) | ラインシュ法 | 塩酸酸性下で銅片が灰色〜黒変 |
| ハロゲン(フッ素以外) | バイルシュタイン反応 | 銅線につけて焼くと炎が緑色 |
シェーンバイン法 ── シアン
グアヤク試験紙が青く変わったらシアン、それだけです。
シアン中毒そのものの機序と解毒(亜硝酸によるメトヘモグロビン形成、チオ硫酸ナトリウム、ヒドロキソコバラミン)はメトヘモグロビン血症とシアン中毒で扱っています。予試験でシアンと当たりがついたら、そのまま解毒に進むという流れです。
ラインシュ法 ── 有毒金属
塩酸酸性下で試料に銅片(または銅網)を入れて加熱すると、水銀やヒ素が銅の表面に析出して灰色〜黒色に変わります。
講義では「ハロゲンやヒ素」と聞こえる箇所がありますが、マインドマップの記載どおり Hg(水銀)と As(ヒ素) です。ハロゲンは次のバイルシュタイン反応のほうなので、混ざらないように注意してください。
金属そのものの毒性はヒ素とその他の重金属と水銀の毒性は3種類で別物にあります。
バイルシュタイン反応 ── ハロゲン
銅線にサンプルをつけて炎の中で焼き、炎が緑色になったらハロゲンです。これは炎色反応で、ハロゲン化銅ができることによります。
ひとつだけ例外があります。
フッ素は検出できません。
理由はフッ化銅が揮発しにくいためで、ここは「F以外」と覚えてしまって構いません。国試で問われるとしたらこの例外のほうです。
有機塩素系農薬やハロゲン化炭化水素はここに引っかかります(有機塩素系農薬と枯葉剤・有機溶剤①メタノール中毒とハロゲン化炭化水素の肝障害)。
語呂 ── 頭文字をそろえる
講義では、この3つを頭の音でつないでいます。
シアン → シェーンバイン 金属 → ラインシュ(「金」色に変わるイメージ) ハロゲン → バイルシュタイン
講師自身が「ちょっと無理あったかもしれないけど」と言っているとおり、きれいな語呂ではありません。きれいさより、3つが混ざらないことのほうが大事です。実際に試験で困るのは「シェーンバインとバイルシュタインのどっちがシアンだったか」という混同なので、シアン=シェーンバイン(シ・シ)の1組だけ確実にしておけば、残り2つは消去法で決まります。
トライエージ ── 尿にかけるだけの迅速キット
ここまでの3つは古典的な化学反応でした。乱用薬物だけは事情が違います。
トライエージは、尿を検体とする乱用薬物の迅速分析キットです。アンフェタミン・メタンフェタミンをはじめ、複数系統の乱用薬物をまとめてスクリーニングできます。
薬物ごとに別々の呈色反応を回していては間に合わないので、ここだけキット化されている、という位置づけで理解しておけば十分です。
国試は、この3つの先まで聞いてくる
ここが重要なところです。マインドマップに載っている3つ+トライエージは押さえるべき骨格ですが、国試の選択肢には、それ以外の試験法も並びます。
15年分の過去問を見ると、次の組合せが実際に選択肢として登場しています。骨格の表に足す形で、一覧にしておきます。
| 中毒原因物質 | 予試験・スクリーニング試験 |
|---|---|
| シアン化合物 | シェーンバイン法 / ピリジン-ピラゾロン法 |
| 水銀・ヒ素(有毒金属) | ラインシュ法 |
| ハロゲン(F以外) | バイルシュタイン反応 |
| メタノール | クロモトロープ酸法 |
| モルヒネなどのアヘンアルカロイド | マルキス試薬 |
| メタンフェタミン | シモン反応 |
| アンフェタミン | p-ニトロベンゼンジアゾニウムクロライド |
| Δ⁹-THC(大麻) | デュケノア試薬 |
| フェノバルビタール | 銅-ピリジン法 |
| アセトアミノフェン | インドフェノール法 |
| 乱用薬物全般(尿) | トライエージ |
クロモトロープ酸法がメタノールに使えるのは、メタノールの代謝物であるホルムアルデヒドを捕まえているからです(有機溶剤①)。シモン反応とp-ニトロベンゼンジアゾニウムクロライドの使い分けは覚せい剤と覚せい剤原料で、デュケノア試薬はコカイン・大麻・幻覚剤で、それぞれ詳しく扱います。
トキシドローム ── 試験に頼らず症状から推定する
もうひとつ、最近の国試で正解になった用語です。
トキシドローム(toxidrome) …… 中毒原因物質を特定できない場合に、特徴的な症状の組合せから原因物質を推定して緊急対応を行うという考え方。
予試験は「試料を調べる」方法ですが、トキシドロームは「患者を見る」方法です。たとえば縮瞳・流涎・気道分泌物増加が揃えばコリン作動性(有機リン系)、散瞳・頻脈・口渇・皮膚の乾燥が揃えば抗コリン性、という具合に絞り込みます。
散瞳と縮瞳が逆になった選択肢が出題されているので、ここは向きまで押さえてください。有機リン系は縮瞳です(有機リン系・カルバメート系殺虫剤)。
国試ではこう問われる
① 症例文の中に予試験が埋め込まれる形(第108回 問230-231)
メッキ工場で液体を誤飲した28歳男性。胃内容物をシェーンバイン法で検査したところグアヤク試験紙が青色に変化した、という症例で、「摂取したと疑われる物質はどれか」が問われました。答えはシアン化カリウムです。続く問231では解毒剤としてヒドロキソコバラミンと亜硝酸アミルが正解になっています。
予試験は単独で問われるより、症例文の中に判断材料として置かれるのがいまの出題形式です。「グアヤク試験紙が青」と書いてあるだけで、そこから先の解毒まで一本道で進めるようにしておいてください。
② 物質と試験法の組合せ(第110回 問133)
「中毒原因物質とスクリーニング試験の組合せのうち正しいのはどれか」という、組合せを入れ替えてくる形式です。正しかったのはフェノバルビタール=銅-ピリジン法とΔ⁹-THC=デュケノア試薬の2つ。残りの3つは、メタンフェタミンにピリジン-ピラゾロン法、モルヒネにクロモトロープ酸法、アセトアミノフェンにラインシュ法、というすべて取り違えでした。
上の一覧表を1枚持っていれば、それだけで切れる問題です。
③ 検出法の適否(第111回 問132)
「Δ⁹-THC及びカンナビジオールの検出にはマルキス試薬が用いられる」という選択肢が誤りとして出ています。大麻はデュケノア試薬、マルキス試薬はモルヒネなど、という対応が問われました。同じ問題でトキシドロームの定義が正解選択肢になっています。
まとめ
- 予試験は「簡単・鋭敏・迅速」。処置を早く始めるための試験であって、確定診断のためのものではない
- シアン=シェーンバイン法(グアヤク試験紙→青変)
- 有毒金属(水銀・ヒ素)=ラインシュ法(塩酸酸性下で銅片→灰〜黒変)
- ハロゲン=バイルシュタイン反応(銅線で焼く→緑の炎色)。ただしフッ素は検出できない
- 乱用薬物は尿の迅速キット トライエージ
- 国試はこの4つの外側から出す。メタノール=クロモトロープ酸法、モルヒネ=マルキス試薬、大麻=デュケノア試薬、フェノバルビタール=銅-ピリジン法、アセトアミノフェン=インドフェノール法まで一覧にしておくと、組合せ問題で迷わない
- トキシドロームは症状の組合せから原因物質を推定する考え方。有機リン系は縮瞳(散瞳ではない)
次はモルヒネ・コデイン・ヘロインの代謝と尿検査を読んでみてください。
動画で学びたい人へ
この内容は、YouTubeの講義動画でも解説しています。該当箇所から再生されます。
衛生を、1枚の地図として頭に入れませんか
この記事の冒頭に載せたマインドマップは、衛生という科目のほんの一区画です。実際には、保健統計・疫学から疾病の予防、食品衛生、化学物質の毒性、生活環境までが、1枚の地図としてひと続きにつながっています。
衛生は覚えることが多い科目ですが、数字や分類を単体で暗記しようとすると、似たものどうしが混ざって崩れます。「この物質がどの分類に入って、どの法律で規制されているのか」が地図として見えていると、覚える量そのものが減ります。
衛生のマインドマップ(¥3,500)は、その全体像を1枚に収めたPDFです。地図をたどりながら話す講義動画はYouTubeで全編無料公開しているので、この進め方が自分に合うかどうかは先に確かめられます。