化学物質の毒性

メトヘモグロビン血症とシアン中毒|解毒にわざとメトHbを作る理由【薬剤師国家試験】

有害化学物質のマインドマップ
有害化学物質のマインドマップ

シアン中毒の解毒法を初めて見たとき、ほとんどの人が「え?」となります。

亜硝酸塩を使って、わざとメトヘモグロビンを作る。

メトヘモグロビンは酸素を運べなくなった状態です。ただでさえ細胞が窒息しているのに、酸素の運び屋まで壊してどうするのか。——実はこれ、理屈が通っているんです。その理屈が分かると、この単元は一生忘れません。

この記事は、もともと解説授業の動画で話している内容を記事に起こしたものです。衛生の講義はYouTubeで全編無料公開しているので、読むより耳から流し込みたい人はそちらもどうぞ。

メトヘモグロビンとは

ヘモグロビンの中心には鉄(Fe²⁺)がいて、ここに酸素がくっつきます。

この鉄が酸化されてFe³⁺になったものがメトヘモグロビン(メトHb)です。Fe³⁺は酸素と結合できないので、酸素を運べなくなります。

症状はチアノーゼ(皮膚や粘膜が青紫色になる)。血液の色もチョコレート色に変わります。

メトHb = Fe³⁺ = 酸素を運べない。この1行を先に固めてください。この記事の内容は全部ここから出てきます。

メトHbを作ってしまう物質

アニリン・ニトロベンゼン ― 真犯人はフェニルヒドロキシルアミン

芳香族炭化水素で出てきた2つです。アニリン(-NH₂)もニトロベンゼン(-NO₂)も、代謝されて中間の酸化状態である フェニルヒドロキシルアミン(-NHOH) になります。

  • アニリンはN-水酸化で酸化されて
  • ニトロベンゼンは還元されて

両側から同じ物質に合流するのが面白いところです。このフェニルヒドロキシルアミンが、ヘモグロビンのFe²⁺から電子を奪ってFe³⁺にします。

第98回の問132では「メトヘモグロビン血症の原因となる化学物質」として、アニリンとニトロベンゼンが正解になっています(イソニアジド・ペニシリン・α-メチルドパが引っかけ)。

亜硝酸・硝酸態窒素 ― 乳児のブルーベビー症候群

亜硝酸イオン(NO₂⁻)も、同じようにFe²⁺を酸化します。

問題になるのは井戸水です。硝酸態窒素(NO₃⁻)を多く含む水を乳児のミルクに使うと、腸内細菌が硝酸を亜硝酸に還元し、それがメトHbを作ります。乳児は胎児型ヘモグロビンが残っていて酸化されやすいうえ、メトHbを元に戻す還元酵素の活性も低いので、大人より起こりやすい。これがブルーベビー症候群です。

水質の側からの説明は硝酸態窒素・亜硝酸態窒素・アンモニア態窒素|汚染の新旧とメトヘモグロビン血症にあります。

食品添加物の発色剤(亜硝酸ナトリウム)も同じ物質です(色に関わる食品添加物|着色料・漂白剤・発色剤(亜硝酸Na)の機序)。発色剤がミオグロビンの鉄に作用するのも、根っこは同じ酸化力です。

シアンはなぜ猛毒なのか

シアン化物イオン(CN⁻)が狙うのは、ミトコンドリアのシトクロムcオキシダーゼです。

この酵素は電子伝達系の最後にいて、ヘムの鉄(Fe³⁺)を持っています。そしてシアンはFe³⁺と非常に相性がいい。がっちり結合して酵素を止めてしまいます。

結果、電子伝達系が止まり、ATPが作れなくなる。酸素は血中にたっぷりあるのに、細胞がそれを使えない——内呼吸(細胞内呼吸)の停止です。だから静脈血まで鮮紅色のままになります。

シアンはFe³⁺が好き。ここを覚えてください。次の解毒の話が、これだけで解けます。

解毒は「順番」に意味がある

①亜硝酸塩・亜硝酸アミル ― わざとメトHbを作る

ここが冒頭の疑問の答えです。

シアンが好きなのはFe³⁺。そしてメトヘモグロビンはFe³⁺。

つまり、亜硝酸でメトHbを作っておけば、シアンがそちらに引き寄せられる。シアンが細胞の中に入ってシトクロムcオキシダーゼを止める前に、血液中のメトHbが横取りしてくれるわけです。

できるのがシアンメトヘモグロビン。囮(おとり)を用意する解毒法です。

酸素運搬能を一部犠牲にしてでも、細胞内呼吸が完全に止まるほうがはるかに致命的だから成り立つ、という理屈になっています。

使うのは亜硝酸ナトリウム(静注)と亜硝酸アミル(吸入)です。吸入剤があるのは、現場ですぐ使えるようにするためです。

②チオ硫酸ナトリウム ― 尿へ捨てる

囮で捕まえただけでは、体の中にシアンが残ったままです。そこでチオ硫酸ナトリウムを使います。

CN⁻ + S(チオ硫酸由来) → SCN⁻(チオシアン酸イオン、ロダン)

ロダン合成と呼ばれる反応で、酵素はロダネーゼ(硫黄転移酵素)です。できたチオシアン酸イオンはシアンよりはるかに毒性が低く、尿から排泄されます。

この反応は抱合反応の単元でも出てきます(グルタチオン抱合とメルカプツール酸)。

「①囮で捕まえる → ②硫黄を付けて捨てる」。この2段構えが、シアン解毒の全体像です。

ヒドロキソコバラミンという選択肢

近年はヒドロキソコバラミン(ビタミンB₁₂の一種)も使われます。コバルトがシアンと結合してシアノコバラミンになり、そのまま尿へ排泄されます。メトHbを作らずに済むので、一酸化炭素中毒を合併している火災現場などで有利です。

第108回の問231では、メッキ工場でシアン化カリウムを誤飲した症例で、ヒドロキソコバラミンと亜硝酸アミルが正解の解毒剤として出題されました。マインドマップには載っていない薬ですが、実際に出題されています。押さえておいてください。

メチレンブルーはいつ使うか

メトヘモグロビン血症の治療薬です。メトHbのFe³⁺をFe²⁺に還元して戻します。

ここで混同しないでください。

状況 使う薬 やること
メトHb血症(アニリン、亜硝酸など) メチレンブルー メトHbを元に戻す
シアン中毒 亜硝酸塩 → チオ硫酸Na メトHbをわざと作る

向きが正反対です。シアン中毒にメチレンブルーを使うと、せっかくの囮を壊すことになります。第110回では、鉛中毒の症例の選択肢にメチレンブルーが紛れ込んでいました(誤り)。

国試ではこう問われる

回 問われ方 ポイント
第108回・問230-231 メッキ工場で液体を誤飲。シェーンバイン法でグアヤク試験紙が青変 シアン化カリウム。解毒剤はヒドロキソコバラミンと亜硝酸アミル
第98回・問132 メトヘモグロビン血症の原因となる化学物質(2つ) アニリンとニトロベンゼン
チオ硫酸 15年で13回(直近5年で5回) シアン解毒の定番。最頻出クラス
亜硝酸 15年で11回(直近5年で5回) 解毒薬としてと、発色剤・水質汚染の両方から
シアン 15年で8回 シトクロムcオキシダーゼ阻害
メトヘモグロビン 15年で7回 原因物質と治療薬(メチレンブルー)

チオ硫酸・亜硝酸は直近5年で毎年のように出ています。この記事の内容は、優先度を上げて固めてください。

まとめ

  • メトHb = ヘモグロビンの鉄がFe³⁺ = 酸素を運べない
  • メトHbを作る物質:アニリン・ニトロベンゼン(犯人はフェニルヒドロキシルアミン)、亜硝酸・硝酸態窒素
  • シアンはシトクロムcオキシダーゼのFe³⁺に結合 → 細胞内呼吸が止まる
  • 解毒①:亜硝酸塩でわざとメトHb(Fe³⁺)を作り、囮にする
  • 解毒②:チオ硫酸ナトリウムでチオシアン酸(ロダン)にして尿へ
  • ヒドロキソコバラミンも現代の解毒薬。第108回で出題済み
  • メチレンブルーはメトHb血症の薬。シアン中毒には使わない(向きが逆)

次はカドミウムの毒性|イタイイタイ病とβ₂-ミクログロブリンを読んでみてください。ここから重金属に入ります。

動画で学びたい人へ

この内容は、YouTubeの講義動画でも解説しています。該当箇所から再生されます。

衛生を、1枚の地図として頭に入れませんか

この記事の冒頭に載せたマインドマップは、衛生という科目のほんの一区画です。実際には、保健統計・疫学から疾病の予防、食品衛生、化学物質の毒性、生活環境までが、1枚の地図としてひと続きにつながっています。

衛生は覚えることが多い科目ですが、数字や分類を単体で暗記しようとすると、似たものどうしが混ざって崩れます。「この物質がどの分類に入って、どの法律で規制されているのか」が地図として見えていると、覚える量そのものが減ります。

衛生のマインドマップ(¥3,500)は、その全体像を1枚に収めたPDFです。地図をたどりながら話す講義動画はYouTubeで全編無料公開しているので、この進め方が自分に合うかどうかは先に確かめられます。

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