
水銀で失点する人は、たいてい3種類を混ぜています。
メチル水銀・無機水銀・金属水銀。この3つは、入ってくる経路も、行き先も、症状も、全部違います。同じ「水銀」という名前がついているだけで、毒としては別物だと思ってください。
逆に言うと、3つに分けた時点でこの単元は終わります。先に表を1枚作ってしまいましょう。
この記事は、もともと解説授業の動画で話している内容を記事に起こしたものです。衛生の講義はYouTubeで全編無料公開しているので、読むより耳から流し込みたい人はそちらもどうぞ。
Contents
まず3つに分ける
| メチル水銀 | 無機水銀(Hg²⁺) | 金属水銀(Hg⁰) | |
|---|---|---|---|
| 形 | 有機水銀 | イオン | 常温で液体、気化する |
| 主な経路 | 経口(魚) | 経口 | 吸入(蒸気) |
| 吸収率 | 経口で約95% | 低い | 肺から約80% |
| 標的 | 中枢神経(+胎児) | 腎臓(近位尿細管) | 中枢+末梢神経 |
| 代表症状 | ハンター・ラッセル症候群 | 腎機能障害 | 指の震え(振戦) |
| 代表事件 | 水俣病 | ― | 職業曝露 |
中枢はメチル、腎臓は無機、震えは金属。この3語で引けるようにしてください。
メチル水銀
なぜ脳と胎盤を通過できるのか
これがメチル水銀の最重要論点です。
メチル水銀は、血液中でシステインのSH基と結合します。すると、できあがった分子の形が——
メチオニンにそっくりになる。
メチオニンは必須アミノ酸なので、脳にも胎盤にも運び込むための専用の入口があります。それが中性アミノ酸トランスポーター(LAT1)です。メチル水銀-システイン複合体は、メチオニンのふりをしてこのトランスポーターに乗り、血液脳関門と胎盤を堂々と通過します。
「毒が門番をだます」という、非常に印象的な仕組みです。ここを説明できるようにしておくと、記述の選択肢を読んだときに自信を持って選べます。
結果として、胎児にも移行します。母体より胎児のほうが影響を受けやすく、胎児性水俣病という形で現れました。
ハンター・ラッセル症候群
メチル水銀による中枢神経障害の総称です。主な症状は4つ。
- 感覚障害(四肢末端のしびれ)
- 運動失調
- 求心性視野狭窄
- 聴力障害
「四肢末端のしびれから始まり、視野が狭くなる」という組み合わせが特徴的です。
吸収・排泄・摂取源
- 経口吸収率 約95% ― 非常に高い。カドミウムの5%と対で覚える
- 排泄は毛髪中 ― 毛髪の水銀量が曝露指標になる。ケラチンのSH基に捕まるから
- 胆汁排泄と腸肝循環がある ― 体内に留まりやすい一因
- 摂取源は魚 ― 食物連鎖で生物濃縮され、マグロなど大型の魚に多い
妊婦に対して大型魚の摂食量に注意が呼びかけられているのは、胎盤を通過するからです。機序と行政の注意喚起がまっすぐつながっている、珍しい例といえます。
水俣病
熊本県水俣湾で発生した、四大公害病の1つ。工場排水中のメチル水銀が魚介類に蓄積し、それを食べた住民に中枢神経障害が起きました。事件としての経緯は四大公害病と典型七公害|環境基準があるのはどれかで扱っています。
なお、水銀の国際的な規制は水俣条約(水銀に関する水俣条約)です。条約名に日本の地名が入っている数少ない例で、環境に関する国際条約の覚え方|ロンドン・バーゼル・ワシントン・水俣でも扱っています。
無機水銀(Hg²⁺)
標的は腎臓の近位尿細管です。カドミウムとまったく同じ場所で、機序も同じタンパクのSH基と結合。
そして対抗手段も同じ。腎臓でメタロチオネインの合成が誘導され、結合して毒性が下がり、そのぶん腎臓に蓄積します。
「カドミウムと無機水銀はセット」と覚えてください。標的臓器の記事でも、この2つは同じ行に入っていました(標的臓器で覚える化学物質の毒性|神経・肝臓・腎臓)。
曝露指標は尿中の水銀です。
金属水銀(Hg⁰)
体温計に入っていたあの銀色の液体です。常温で液体という、金属としては例外的な性質を持ちます。
問題は気化することです。こぼれた水銀から水銀蒸気が出て、それを吸い込む。そして肺からの吸収率が約80%と非常に高い。
液体のまま飲み込んだ場合は、消化管からはほとんど吸収されません。「危ないのは飲むことではなく吸うこと」——ここが金属水銀の急所です。
症状は中枢神経障害と末梢神経障害の両方で、代表的なのが指の震え(振戦)です。ほかに精神症状(易興奮性)、歯肉炎なども知られています。
歴史的には、帽子職人が水銀を使っていたことから精神症状が職業病になり、「帽子屋のように気が狂う(mad as a hatter)」という英語表現が生まれました。
3種の比較 ― もう一度
| 覚えるキー | どれか |
|---|---|
| 魚、食物連鎖、生物濃縮 | メチル水銀 |
| 胎盤・脳を通過、メチオニン類似 | メチル水銀 |
| ハンター・ラッセル症候群、水俣病 | メチル水銀 |
| 経口吸収率95%、毛髪中排泄 | メチル水銀 |
| 近位尿細管、メタロチオネイン | 無機水銀 |
| 常温で液体、蒸気、肺から80% | 金属水銀 |
| 指の震え、中枢+末梢 | 金属水銀 |
解毒
ジメルカプロール(BAL)とD-ペニシラミン。どちらもSH基を持っていて、水銀と安定なキレートを作って排泄させます。
「水銀はSH基が好き」という性質を、こちらからSH基をぶつけて利用するわけです。解毒薬の一覧はヒ素とその他の重金属|六価クロム・有機スズ・セシウム・マンガンにまとめてあります。
国試ではこう問われる
| 回 | 問われ方 | ポイント |
|---|---|---|
| 第105回 | メチル水銀として出題 | 中枢神経・胎盤移行 |
| 水銀 | 15年で7回(直近5年で3回) | 3種の区別を問う形が中心 |
| ジメルカプロール | 15年で7回(直近5年で4回) | 水銀・ヒ素・鉛・銅の解毒薬 |
| D-ペニシラミン | 15年で7回 | 銅(ウィルソン病)・鉛・水銀 |
| 頻出の引っかけ | 経口吸収率 | メチル水銀95% と カドミウム5% を入れ替えてくる |
| 頻出の引っかけ | 金属水銀の経路 | 吸入が危険。経口ではほとんど吸収されない |
まとめ
- 水銀はメチル・無機・金属の3つに分ける。混ぜると全部間違える
- メチル水銀:経口吸収率95%、魚から生物濃縮、システイン抱合でメチオニン類似 → 中性アミノ酸トランスポーターで脳・胎盤へ
- 症状はハンター・ラッセル症候群(感覚障害・運動失調・視野狭窄・聴力障害)。水俣病
- 排泄は毛髪中。胆汁排泄と腸肝循環がある
- 無機水銀:近位尿細管。カドミウムと同じ。腎でメタロチオネインが誘導される
- 金属水銀:常温で液体 → 蒸気を吸入、肺から80%。中枢+末梢神経障害、指の震え
- 解毒はBAL・D-ペニシラミン
- 国際規制は水俣条約
次は鉛中毒で貧血になる仕組み|ヘム合成の阻害点と曝露指標を読んでみてください。
動画で学びたい人へ
この内容は、YouTubeの講義動画でも解説しています。該当箇所から再生されます。
衛生を、1枚の地図として頭に入れませんか
この記事の冒頭に載せたマインドマップは、衛生という科目のほんの一区画です。実際には、保健統計・疫学から疾病の予防、食品衛生、化学物質の毒性、生活環境までが、1枚の地図としてひと続きにつながっています。
衛生は覚えることが多い科目ですが、数字や分類を単体で暗記しようとすると、似たものどうしが混ざって崩れます。「この物質がどの分類に入って、どの法律で規制されているのか」が地図として見えていると、覚える量そのものが減ります。
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