
ここから、化学物質の毒性の各論に入ります。
ただ、いきなり物質を1つずつ覚えにいくと、必ず途中で潰れます。有機溶剤・重金属・農薬・乱用薬物と、これから出てくる物質は軽く50を超えるからです。
そこで先に、「どこが壊れるか」で束ねるという作業を1回やっておきます。神経なのか、肝臓なのか、腎臓なのか。この3つの引き出しを先に作っておくと、あとから出てくる個別の物質が、勝手にどれかの引き出しに入っていきます。
この記事は、そのための地図です。
この記事は、もともと解説授業の動画で話している内容を記事に起こしたものです。衛生の講義はYouTubeで全編無料公開しているので、読むより耳から流し込みたい人はそちらもどうぞ。
Contents
なぜ「標的臓器」から入るのか
国試の問題文は、たいてい症状から入ってきます。
「工場で作業中に意識障害」「特殊健康診断で貧血を指摘された」「不凍液を誤飲した」——こういう症例問題を出されたとき、頭の中で検索したいのは「どの物質か」ではなく、まず「どの臓器がやられているか」です。そこで候補が3〜4個に絞れれば、あとは曝露状況で1つに決まります。
逆に言うと、物質名だけを50個並べて覚えても、症例問題には使えません。臓器 → 物質の向きで引けるようにしておくことが、この単元の実戦的なゴールです。
神経系に毒性を示す化学物質
神経系は、さらに「どう壊すか」で5つに分かれます。
細胞内呼吸を止める ― シアン化物イオン・硫化水素
ミトコンドリアのシトクロムcオキシダーゼを阻害します。ATPが作れなくなるので、酸素は足りているのに細胞が窒息する、という状態になります。
硫化水素は、高濃度だと一瞬で意識を失うノックダウン現象が有名です。下水道やタンクの中での事故として出てきます。
シアンの機序と解毒は、それだけで1記事になるのでメトヘモグロビン血症とシアン中毒|解毒にわざとメトHbを作る理由で詳しくやります。
コリンエステラーゼを阻害する ― 有機リン・カルバメート
アセチルコリンが分解されず溜まりっぱなしになります。農薬の単元の主役なので、ここでは「神経系の引き出しに農薬が入る」とだけ押さえてください。
パーキンソン様症状 ― マンガン
マンガンの過剰曝露で、振戦・筋固縮といったパーキンソン病に似た症状が出ます。マンガン=パーキンソン様は、そのまま1対1で覚えてしまってよい組み合わせです。
多発性神経炎 ― アクリルアミド・n-ヘキサン
手足のしびれから始まる末梢神経障害です。
アクリルアミドは、じゃがいもなど炭水化物の多い食品を高温で加熱したときに、アスパラギンと還元糖のメイラード反応で生じます。食品衛生の単元とここの両方に顔を出すので、出題頻度がとても高い物質です。
n-ヘキサンは、代謝物の2,5-ヘキサンジオンが軸索を壊します。こちらは有機溶剤の単元で扱います。
ハンター・ラッセル症候群 ― メチル水銀
感覚障害・運動失調・視野狭窄・聴力障害の4つが柱です。水俣病の中核症状で、水銀の毒性は3種類で別物|メチル・無機・金属水銀で詳しく扱います。
肝臓に毒性を示す化学物質
まず大原則:「ハロゲン化合物は肝障害が多い」
これを最初に置いてください。ここを1本覚えるだけで、あとで覚える量が目に見えて減ります。
四塩化炭素、クロロホルム、トリクロロエチレン、テトラクロロエチレン、塩化ビニルモノマー——Clがついた有機溶剤は、まとめて肝臓です。理由は、これらがCYPで代謝されるときにラジカルかエポキシドという反応性の高い中間体を作り、それが真っ先に肝細胞を壊すからです。代謝の主戦場が肝臓である以上、毒が生まれる場所も肝臓になります。
詳しくは有機溶剤①|メタノール中毒とハロゲン化炭化水素の肝障害で扱います。
アセトアミノフェン ― 大量摂取で肝障害

これは衛生でも薬剤でも病態でも問われる、国試全体で最頻出クラスの化合物です。15年分の過去問で、第97回から第111回まで15回すべてに登場します。
流れはこうです。
- 通常量なら、グルクロン酸抱合と硫酸抱合で解毒される
- 大量摂取すると抱合が飽和し、CYP2E1によるN-水酸化のルートに流れ込む
- できるのが活性代謝物N-アセチル-p-ベンゾキノンイミン(NAPQI)
- NAPQIはグルタチオン抱合で処理されるが、グルタチオンが枯渇すると肝細胞を攻撃する
- だから解毒薬はN-アセチルシステイン。グルタチオンの材料(システイン)を補給して、抱合を助ける
「なぜN-アセチルシステインなのか」が、この図の全部です。抱合反応の側からの説明はグルタチオン抱合とメルカプツール酸にあります。
腎臓(近位尿細管)に毒性を示す化学物質
カドミウム・無機水銀 ― タンパクのSH基に結合する
重金属が腎臓に来る理由は、ほぼこれ1つです。タンパク質のSH基(チオール基)と結合して、そのタンパク質の働きを止めてしまう。
そして、これに対抗して体が用意しているのが、SH基だらけのタンパク質——メタロチオネインです。身代わりに金属を捕まえてくれます(メタロチオネインとは|重金属を捕まえる仕組み)。
エチレングリコール ― シュウ酸カルシウムで尿路障害

不凍液(ラジエーター液)の主成分です。甘い味がするので、誤飲事故が起きます。

代謝されてシュウ酸になり、カルシウムと結合してシュウ酸カルシウムの結晶ができます。これが尿細管に詰まって腎障害を起こします。
代謝を担うのはアルコール脱水素酵素(ADH)とアルデヒド脱水素酵素(ALDH)です。CYPではありません。ここが国試の引っかけどころで、だから解毒薬はADHを阻害するホメピゾールになります。メタノール中毒とまったく同じ理屈です。
標的臓器 早見表
| 標的 | 壊し方 | 代表物質 |
|---|---|---|
| 神経 | シトクロムcオキシダーゼ阻害 | シアン化物イオン、硫化水素 |
| 神経 | コリンエステラーゼ阻害 | 有機リン剤、カルバメート剤 |
| 神経 | パーキンソン様症状 | マンガン |
| 神経 | 多発性神経炎(末梢) | アクリルアミド、n-ヘキサン |
| 神経 | ハンター・ラッセル症候群 | メチル水銀 |
| 肝臓 | ラジカル・エポキシドによる細胞障害 | ハロゲン化合物全般(四塩化炭素、トリクロロエチレンなど) |
| 肝臓 | 活性代謝物NAPQI+グルタチオン枯渇 | アセトアミノフェン |
| 腎臓(近位尿細管) | タンパクのSH基と結合 | カドミウム、無機水銀 |
| 腎臓(尿細管・尿路) | シュウ酸カルシウムの沈着 | エチレングリコール |
国試ではこう問われる
| 回 | 問われ方 | ポイント |
|---|---|---|
| 第106回・問234-235 | 不凍液を誤飲した34歳男性。血中エチレングリコール50mg/dL、pH 7.01の代謝性アシドーシス | 代謝はADHとALDH(CYPではない、が誤りの選択肢)。シュウ酸カルシウムが尿細管に沈着。治療はホメピゾールと炭酸水素ナトリウム。活性炭は無効(吸着されない) |
| 第108回・問230-231 | メッキ工場で液体を誤飲。胃内容物のシェーンバイン法でグアヤク試験紙が青変 | シアン化カリウム。解毒剤はヒドロキソコバラミンと亜硝酸アミル |
| アクリルアミド | 15年で10回出題(直近5年で4回) | 食品側(メイラード反応で生成)と毒性側(多発性神経炎)の両方から問われる |
| アセトアミノフェン | 15年で15回出題 | 衛生では必ず「NAPQI・グルタチオン・N-アセチルシステイン」の3点セット |
臓器から引く練習をしてください。「意識障害+工場」ならシアンか硫化水素、「末梢神経+溶剤」ならn-ヘキサン、「甘い液体+アシドーシス」ならエチレングリコール。この反射ができると、症例問題が一気に速くなります。
まとめ
- 化学物質の毒性は、物質から覚えず標的臓器から束ねる
- 神経は5パターン(細胞内呼吸/ChE阻害/パーキンソン様/多発性神経炎/ハンター・ラッセル)
- ハロゲン化合物は肝障害——この1行で覚える量が激減する
- アセトアミノフェンはCYP2E1 → NAPQI → グルタチオン枯渇。解毒はN-アセチルシステイン
- 腎臓はSH基に結合する重金属と、シュウ酸カルシウムを作るエチレングリコール
- エチレングリコールとメタノールはどちらもADHを止めれば助かる(ホメピゾール)
次はメタロチオネインとは|重金属を捕まえる仕組みを読んでみてください。重金属に対して、体の側がどう身を守っているのかを見ていきます。
動画で学びたい人へ
この内容は、YouTubeの講義動画でも解説しています。該当箇所から再生されます。
衛生を、1枚の地図として頭に入れませんか
この記事の冒頭に載せたマインドマップは、衛生という科目のほんの一区画です。実際には、保健統計・疫学から疾病の予防、食品衛生、化学物質の毒性、生活環境までが、1枚の地図としてひと続きにつながっています。
衛生は覚えることが多い科目ですが、数字や分類を単体で暗記しようとすると、似たものどうしが混ざって崩れます。「この物質がどの分類に入って、どの法律で規制されているのか」が地図として見えていると、覚える量そのものが減ります。
衛生のマインドマップ(¥3,500)は、その全体像を1枚に収めたPDFです。地図をたどりながら話す講義動画はYouTubeで全編無料公開しているので、この進め方が自分に合うかどうかは先に確かめられます。