化学物質の毒性

毒性試験とADI・TDI・VSD|安全係数100の内訳と閾値あり/なしの分かれ目【薬剤師国家試験】

安全性評価と適正使用のマインドマップ
安全性評価と適正使用のマインドマップ

ここまで、化学物質が体の中でどう毒になるかを延々とやってきました。代謝活性化、発がん、重金属、有機溶剤、農薬、乱用薬物。ここからはその裏返しです。

「で、どこまでなら大丈夫なのか」を、誰がどうやって決めているのか。

この記事でやることは2つだけです。①どんな毒性試験があるのか。②そこで出た数字を、人間の基準値にどう翻訳するのか。

特に②が国試の本体です。ADI・TDI・VSDという3つの値が出てきますが、この3つは「閾値があるかないか」という1本の線で、すぐ上とすぐ下に分かれます。そこさえ押さえれば、あとは計算するだけの分野になります。

この記事は、もともと解説授業の動画で話している内容を記事に起こしたものです。衛生の講義はYouTubeで全編無料公開しているので、読むより耳から流し込みたい人はそちらもどうぞ。

毒性試験は、まず2つに割る

毒性試験は一般毒性試験と特殊毒性試験の2つに分かれます。

  • 一般毒性試験……「どれくらい投与したら毒性が出るか」を見る。物質を選ばない。水だってたくさん飲めば毒になります
  • 特殊毒性試験……「この物質は発がん性を持つのか、生殖にどう影響するのか」という、特定の毒性を狙い撃ちで見る

この2つを取り違えると、選択肢が全部あやしく見えてきます。まず箱を2つ作ってください。

一般毒性試験|単回と反復で、見ているものがまるで違う

一般毒性試験は、投与のしかたで2つに分かれます。ここで出る値が違うのが最重要ポイントです。

試験 投与 求める値
単回投与毒性試験 1回だけ投与 LD₅₀(50%致死量)
反復投与毒性試験 繰り返し投与 NOAEL(無毒性量)・LOAEL(最小毒性量)

NOAELは反復投与毒性試験から出る。これを単回投与や急性毒性試験と結びつけた選択肢が、繰り返し誤りとして出ています(後述)。

反復投与毒性試験は、投与期間でさらに2つに分かれます。

  • 亜急性毒性試験……1〜3ヶ月
  • 慢性毒性試験……半年〜一生

また、2種以上の動物の雌雄を使うことが求められます。

食品添加物に単回投与毒性試験がない理由

ここは理屈で覚えてください。

食品添加物では単回投与毒性試験は行わない。農薬では行う。

なぜか。食品添加物を、一度に死ぬほど食べるという状況が現実にないからです。食品添加物で問題になるのは「ごく少量を一生とり続けたらどうなるか」であって、致死量を知る意味が薄い。

一方農薬は、農業従事者が散布中に高濃度で曝露したり、誤飲・自殺企図で一気に体内に入ったりします。「どれくらいで死ぬのか」を知らないと救急対応ができない。だから農薬にはLD₅₀が要ります。

パラコート(ジピリジリウム系除草剤)の記事で、治療法がないまま肺線維症に至る話をしました。ああいう物質こそ、致死量のデータが現場で効いてきます。

特殊毒性試験|3つ覚えれば足りる

試験 何を見るか
発がん性試験 発がん性の有無。動物の一生を使うので、時間もコストも膨大
変異原性試験 DNAに変異を起こすか。発がん性試験に進む前の目星つけとして使う
生殖発生毒性試験 親世代の生殖機能と、次世代の成長・発達への影響

変異原性試験が発がん性試験の「前座」であるという位置づけは、そのまま出題されます。動物の一生を丸ごと使う試験を、怪しい物質すべてにやるわけにはいかない。だからAmes試験のような短期間で終わる試験で先にふるいにかける、という流れです。

変異原性試験の中身はAmes試験の原理と判定とAmes試験以外の変異原性試験でやっています。

生殖発生毒性試験は、さらに中で分かれます。

  • 繁殖毒性試験……親世代の生殖能力への影響
  • 催奇形性試験……妊娠動物の胎児期に投与し、出産直前の胎児の奇形の有無を見る

催奇形性試験には条件があります。げっ歯類・非げっ歯類を各1種以上使う。「動物愛護の観点からげっ歯類のみが推奨されている」という誤り選択肢が実際に出ています。

催奇形性には動物種差がある——サリドマイドがラットでは出ずウサギで出た、というのが歴史的な教訓です。だから種をまたいで確かめる必要がある。理屈で言えます。

NOAELとLOAEL|「ギリギリ出なかった」と「ちょっと出た」

ここから基準値の話に入ります。まず用語を2つ。

NOAELとLOAELの位置関係
NOAELとLOAELの位置関係

投与量を少しずつ上げていくと、有害な反応がどこかで立ち上がります。その立ち上がりの直前と直後の2点に名前がついています。

略語 日本語 意味
NOAEL 無毒性量 有害な反応がギリギリ出なかった最大の投与量
LOAEL 最小毒性量 有害な反応がわずかに出た最小の投与量

基本はNOAELを使います。LOAELは、実験の用量設定が粗くてNOAELが取れなかったときに、しかたなく使う値です。

NOELと混同しない。 よく似た略語にNOEL(無作用量)があります。NOAELが「有害な作用が出ない量」なのに対し、NOELは「どんな作用も出ない量」。有害でなくても何か変化が起きればアウトなので、NOEL ≦ NOAEL の関係になります。

NOAELが得られないときの、もう一つの手。 第111回でベンチマークドーズ(BMD)法が正しい選択肢として登場しました。用量-反応曲線全体にモデルを当てはめ、「ある一定の反応率になる用量」を統計的に推定する方法です。実験でとった点そのものに縛られないのが利点で、NOAELが取れない場合の代替として使われます。名前と位置づけだけ知っておけば十分です。

閾値があるか、ないか — ここが分かれ道

動物実験のNOAELを、人間の基準値に翻訳します。このとき最初に判定するのが「閾値の有無」です。

  • 閾値あり……ある量を超えると影響が出はじめ、量が増えるほど重くなる。放射線でいう白内障のような影響。ADI・TDIを使う
  • 閾値なし……どんなに少なくても確率はゼロにならない。放射線でいう発がん、遺伝毒性をもつ発がん物質。VSDを使う

この対応を逆にした選択肢が、そのまま国試に出ます。「ADIは閾値がない化学物質に適用される指標である」は誤り。

閾値あり/なしの考え方そのものは、放射線の確定的影響/確率的影響とまったく同じ枠組みです。物理の被曝と生体影響で整理しているので、片方を覚えればもう片方はタダで手に入ります。

ADI|安全係数100の内訳は「種差10 × 個体差10」

ADI(Acceptable Daily Intake、一日許容摂取量)。

定義はこうです。一生涯摂取し続けても健康に有害な影響がないと考えられる、1日あたり・体重1kgあたりの量。

計算式はこれだけです。

ADI = NOAEL ÷ 安全係数

安全係数は通常100。内訳は 種差10 × 個体差10。

内訳を言葉で言えるようにしておいてください。

  • 種差10……ネズミやイヌと人間では感受性が違う
  • 個体差10……同じ人間でも、大人と子ども、健康な人と病気の人で違う

この2つを掛けて100。動物で無毒性だった量の100分の1までなら、一生とっても大丈夫だろうという設計です。

ADIを使う対象は、意図的に使う物質——食品添加物と農薬です。「使ってよい量」を決める話なので、「許容」という言葉が付きます。

TDI|入れたくないのに入ってくるものに使う

TDI(Tolerable Daily Intake、耐容一日摂取量)。

考え方はADIとまったく同じですが、対象が違います。ダイオキシンなど、非意図的に摂取してしまう環境汚染物質に使います。

TDI = NOAEL ÷ 不確実係数

「許容」ではなく「耐容」という訳語になっているのがポイントです。食品添加物は「この量までなら使ってよい」と許す話ですが、ダイオキシンは誰も入れたくて入れているわけではない。入ってしまうものを、どこまで我慢できるかという話なので「耐容」。用語の選び方そのものが意味を持っています。

不確実係数も100です。内訳は安全係数とまったく同じ種差10 × 個体差10。第107回の計算問題も、不確実係数100で計算させています。

つまり、ADIもTDIも「NOAELを100で割る」という計算そのものは同じです。違うのは対象(意図的に使うものか、非意図的に入ってくるものか)と、呼び方(許容か、耐容か)だけ。ここを押さえれば、どちらを聞かれても同じ手順で計算できます。

(実務上は、データが不十分なとき ─ LOAELしか得られていない、試験期間が短いなど ─ に追加の係数が掛けられることもありますが、国試で問われるのは100です。)

マインドマップの注意点。 手元のマインドマップは、TDIの不確実係数を一方のファイルで「10×10」、もう一方で「500〜1000」と書いており、食い違っています。100で統一するのが正です(誤記リストM-108。2026-09-21にカズキ確定。リニューアル時にPDFも100に直します)。

ADIとTDI、もう一つの親戚

ARfD(急性参照用量、Acute Reference Dose)という値も、第109回・第110回と続けて出ています。

ADIが「一生涯とり続けても大丈夫な量」であるのに対し、ARfDは「1日または1回の短時間の摂取で、健康への影響が出ないと推定される量」です。農薬を一度に多く含む食品を食べてしまったときのような、短期の曝露を評価するために設定されます。

ADI=慢性、ARfD=急性。この1行だけ足しておけば、選択肢は切れます。

VSD|閾値がないものは、確率で線を引くしかない

VSD(Virtually Safe Dose、実質安全量)。

閾値がない——つまり「ここから下は絶対安全」という点が存在しない物質では、NOAELを割り算するというやり方が使えません。そこで発想を変えます。

「絶対安全」を諦めて、「実質的に安全とみなせる確率」を決めてしまう。

VSD = 一生涯摂取し続けても、危険度が限られた確率以下にとどまる量

日本では100万人に1人(10⁻⁶)が発症する水準を目安にします。これを見かけ上の安全領域と呼びます。

対象は遺伝毒性をもつ発がん物質と放射線です。「絶対に安全な量」ではなく「確率で線を引いた量」だ、という性格の違いを説明できるようにしておいてください。

3つの値を1枚に

値 閾値 対象 計算
ADI(一日許容摂取量) あり 食品添加物・農薬(意図的) NOAEL ÷ 安全係数(通常100)
TDI(耐容一日摂取量) あり ダイオキシンなど環境汚染物質(非意図的) NOAEL ÷ 不確実係数(通常100)
VSD(実質安全量) なし 遺伝毒性発がん物質・放射線 100万人に1人の確率から逆算

縦に読むと「閾値あり2つ・なし1つ」、横に読むと「意図的か非意図的か」。この2軸で押さえれば、どんな組み合わせで聞かれても復元できます。

国試ではこう問われる

この単元は計算と定義の入れ替えの2パターンです。

① 計算させる(数字を入れるだけ)

  • 第108回……甘味料AのADI設定。ラットの無毒性量1,500 mg/kg体重/日、安全係数100。割るだけで15 mg/kg体重/日
  • 第107回 問136……食品汚染物質のTDI。図からNOAELを読み取り、不確実係数100で割る。このとき「どのグラフのNOAELを使うか」で最も小さいNOAELを選ぶのが実質の問い

② 定義を入れ替える(ここが本番)

実際に出た誤り選択肢を並べます。どこが入れ替えられているかを見てください。

出題回 選択肢 正誤 どこが違うか
第111回 化学物質のNOAELは、急性毒性試験から推定される 誤 反復投与毒性試験
第111回 遺伝毒性発がん物質の安全性評価の指標として、VSDを用いる 正 —
第111回 NOAELが得られない場合にBMD法が用いられることがある 正 —
第111回 ADIは、閾値がない化学物質に適用される指標である 誤 ADIは閾値あり。閾値なしはVSD
第110回 ADIは、非意図的汚染物質をヒトが一生涯…摂取しても悪影響がない量 誤 非意図的汚染物質はTDI
第105回 無毒性量は、一般毒性試験の単回投与毒性試験により求められる 誤 反復投与毒性試験
第105回 農薬の毒性評価には、急性毒性試験は必要ない 誤 農薬こそ必要。不要なのは食品添加物の単回投与
第105回 催奇形性試験はラットなどのげっ歯類及び非げっ歯類で行われる 正 —
第104回 単回投与毒性試験は、食品添加物の申請に要求される 誤 食品添加物には要求されない
第104回 反復投与毒性試験の目的の1つは、NOAELあるいはLOAELを決定すること 正 —
第104回 催奇形性試験は、動物愛護の観点から、げっ歯類のみで行うことが推奨 誤 げっ歯類・非げっ歯類を各1種以上

表を縦に見ると、聞かれ方が3種類しかないことが分かります。(a) NOAELはどの試験から出るか、(b) ADI/TDI/VSDと閾値の対応、(c) 催奇形性試験の動物種。この3点を外さなければ、この単元は取れます。

まとめ

  • 毒性試験は一般と特殊の2つ。一般はさらに単回(LD₅₀)と反復(NOAEL・LOAEL)
  • NOAELは反復投与毒性試験から出る。単回・急性と結びつけたら誤り
  • 食品添加物に単回投与毒性試験はない、農薬にはある。「一気に大量にとる状況があるか」で説明できる
  • 催奇形性試験はげっ歯類・非げっ歯類を各1種以上。種差があるから
  • NOAEL=有害反応がギリギリ出なかった量、LOAEL=わずかに出た量。NOELは「どんな作用も出ない量」で別物
  • 閾値あり → ADI・TDI / 閾値なし → VSD。ここが最大の分かれ道
  • ADI = NOAEL ÷ 安全係数100(種差10 × 個体差10)。対象は意図的に使う食品添加物・農薬
  • TDI = NOAEL ÷ 不確実係数100。内訳もADIと同じ種差10 × 個体差10。計算は同じで、違うのは対象と呼び方だけ。対象は非意図的に入るダイオキシンなど。だから「許容」でなく「耐容」
  • VSDは100万人に1人の確率から逆算する見かけ上の安全領域。遺伝毒性発がん物質・放射線
  • ADI=慢性、ARfD(急性参照用量)=急性

ここまでが「毒性をどう測って、どう基準値にするか」の話でした。

次は化審法の4分類と試験方法を読んでみてください。基準値を決めるだけでは足りず、そもそも危ないものを世に出さないための法律の話に移ります。

動画で学びたい人へ

この内容は、YouTubeの講義動画でも解説しています。該当箇所から再生されます。

衛生を、1枚の地図として頭に入れませんか

この記事の冒頭に載せたマインドマップは、衛生という科目のほんの一区画です。実際には、保健統計・疫学から疾病の予防、食品衛生、化学物質の毒性、生活環境までが、1枚の地図としてひと続きにつながっています。

衛生は覚えることが多い科目ですが、数字や分類を単体で暗記しようとすると、似たものどうしが混ざって崩れます。「この物質がどの分類に入って、どの法律で規制されているのか」が地図として見えていると、覚える量そのものが減ります。

衛生のマインドマップ(¥3,500)は、その全体像を1枚に収めたPDFです。地図をたどりながら話す講義動画はYouTubeで全編無料公開しているので、この進め方が自分に合うかどうかは先に確かめられます。

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